──数分後。

「あれ……」

繁華街の騒がしい通りから少し抜けた、人気のない狭い路地を、私はひとりで歩いていた。

……絶対、京、こっちに消えたはずなのに。

どこを探しても、京らしき人影はなくて、ネオン街の喧騒が別世界みたいに遠くで響くだけ。

さっきまでの街も怖かったけど、ここはもっと怖い、というか、来てはいけない場所のような気がした。

ビルとビルの隙間にできたような、細く湿った通り。

舗装は剥がれ、地面はどこかぬかるんでいて、壁には意味不明な落書きたちが並ぶ。

……潔く戻ったほうがいいのかもしれない。

京を逃したのは痛いけど……それより優先すべきは、自分の身の安全だ。

そう思った私は、軽くため息をつき、くるりと踵を返そうとした。

──そのときだった。

「──そこの嬢ちゃん」

背後。男の声。

瞬間、息が止まる。

心臓が跳ね、反射的に振り返った。

立っていたのは、黒いスーツを着た男。

スーツ、といえど、サラリーマンのそれではない。

刈り上げた髪は整髪料でキッチリと撫でつけられ、異様に艶めいて。

胸元は大きくはだけ、ごつめの金色のネックレスが光る。

無駄にガタイのいい体格、うっすらと頬に残る傷跡。

……絶対に、関わっちゃいけない世界の人だ。

「こんな夜中に、一人で何してんの?ん?」

男の背後から、もうひとり、スキンヘッドのゴツい男が現れる。
二人とも、ただのチンピラにしては雰囲気が異様に重かった。

「……友達を、探してて」

なんとか声を振り絞るけれど、膝が軽く震えているのが自分でも分かった。

「友達、ねぇ」

スキンヘッドの男の手が、突如、こちらにぬっと伸びて。

そのまま、硬直する私の顔から乱暴にマスクを剥ぎ取った。

思わず顔を背けたけど、もう遅い。

「──いいツラしてんじゃねえか」

「これ、上物どころじゃねえっすよ」

ヒュウと軽く鳴る口笛、品定めするような視線。

ぞくり、と背筋が粟立った。

……やばい、このままじゃ、このヤクザ男たちにたらい回しにされて終わりだ。

こういう時って、どうするんだっけ。

考えなきゃ。いつもみたいに、頭を回して。

そう自分に叫んでも、恐怖で思考が固まって、何も思いつかない。

怖い。

ただその感情だけが、身体中を支配して。

「行くぞ。おい、車停めてあるよな?」

「はい、すぐそこに」

「や、やめっ……」

震える声で必死に拒むけど、男たちは聞く耳を持たなくて。

一人目の男が、ゴツい手で私の肩を強引に引き寄せた。

……自分勝手な行動をするんじゃなかった。

葵の言う通り、大人しく車で待っているべきだったのに。

このままじゃ、私だけじゃなくて、葵にも、番組にも迷惑をかけてしまう。

なんて、今更後悔しても、もう遅いけど──


「……あれ?」


路地の奥から、緊迫した場にそぐわないゆるい声が響いた。

ハッとして顔を上げると、そこには。

両手をポケットに突っ込んで、いつも通り無造作な雰囲気の峰間京が立っていた。