──と、その時だった。

人混みの奥に、見慣れた横顔が見えたのは。

ごちゃごちゃとした街の中で、マスクをしていても一際目立つ、息を呑むほど綺麗な目元。
気だるげに手をポケットに突っ込む癖。
軟骨まで開いた派手なピアス。

──京だ。

小夜ちゃんとはもう別れたのか、一人でイヤホンをして歩いている。

……どうしよう。

全力で走れば間に合う距離だけど、葵には車の中で待ってろって言われてる。

しかも、私一人でこの街を歩くのは明らかに危険なことで、迷惑をかけちゃうかもしれない。

……けど。

京が小夜ちゃんと別れた今、彼の居場所は誰にも把握できなくなった。

ストーリーのヒントなしで、また再び京に巡り会える確率は一体どれほどあるのだろうか。

……今しかない。

私は顔を隠すように大きめの黒マスクをつけると、パーカーのフードをかぶって車から飛び出した。

葵を心配させないように、片手でメッセージを打ちながら、京の後ろ姿を追う。

人混みの中を器用にすり抜け、どんどん人気のない場所に進んでいく京。

その姿を見失わないように目を凝らしながら、私も必死に人混みをかき分けていく。

──けれど。

「こんにちは〜お姉さんめっちゃ可愛い。モデル探してるんだけどさ、お金に興味ない?」

視界を遮るように目の前に現れたのは、明らかに胡散臭そうなスカウト男。

私は思わず眉をひそめた。

「あ、ごめんなさい間に合ってます〜、」

「決して怪しいのじゃないんだけどね、ただちょっと写真撮るだけ」

「ごめんなさい〜」

マスクとフードでほとんど顔を隠してるのに、どこの何を根拠に可愛いって言ってるわけ?

こういうスカウトには下手に取り合わず、『ごめんなさい』の連呼で乗り切るのが鉄則。

数秒の押し問答の後、なんとかかわして再び視線を前に向ける。

すると、その時にはすでに京の姿は遠くにあって。

音楽を聴きながら、大通りから逸れた脇道にふっと姿を消したところだった。

……ああもう、変に時間取られたせいだ。

距離が空いて、見失う危険性が高くなった──けど、ここまで来て逃すわけにはいかない。

そう思った私は、慌てて京の姿が消えた通りへ足を早めたのだった。