ヴーッ。

ダッシュボードに取り付けられたホルダーの中のスマホが振動し、着信画面に切り替わった。

その着信の相手は、『白藤天馬』。

「げっ……」

その名前を目にした瞬間、嫌そうに顔を引き攣らせる葵。

前々から、葵は白藤天馬相手に相当な苦手意識を持ってるみたいで。

勝てないし、逆らえない。

何をするにも、彼の前ではどこか肩身が狭そうだった。

「ちょ、ごめん出るわ」

車を路肩に寄せてワイヤレスイヤホンをつけると、葵は通話ボタンをタップした。

「何?今取り込み中だから、手短に……いやちげーよ、ちゃんと忙しいの」

背もたれにどさっともたれかかりながら、だるそうな声でやり取りを始める葵。

そして、その表情が変わったのは、ほんの数秒後だった。

「……は?」

目を見開いた彼は、イヤホンをぐっと耳に押し当てる。

「……マジで?じゃ、行く。……別に気が変わっただけ。今どこ?」

……何の話だろう。

全く見当もつかず戸惑う私の横で「了解、じゃあまた」と言って通話を切る葵。

そして、スマホをポケットにしまうと、私に持たせていた自分の鞄をひょいと取って肩にかけた。

「ごめん、千歳、ちょっと出てくる……車内にいな。外は危ないから」

それだけ言って、ポン、と私の頭を軽く撫でる。

「あの……」

一体どこに、と疑問を口にする前に、彼はドアを開けてさっさと出ていってしまった。

葵があそこまで血相を変えるなんて、何かよっぽど重大なことに違いない。

一体なんだったんだろう、と疑問に思いながらも、私はひとり、黙ってシートに背を預けた。

葵って、ああ見えて、結構秘密主義的なところがある。

京の過去の話だって、あそこまで詳しく知ってたんなら、正直もう少し早く話してほしかったな……。

葵の説明不足に心の中で軽く愚痴を吐きながら、私はふと、視線を窓の外に投げた。