時刻は午前一時。

住宅街から遠ざかるにつれて、窓の外の景色は少しずつその色を変えていった。

窓ガラス越しのざわめき、じわじわと濁っていく空気。

そして、歓楽街の中でも、一際治安の悪いエリアに入った途端、そこは別世界のようになった。

ガヤガヤと通りを占拠する酔っ払いに、意味もなく大声で叫ぶ男たち。

道の端では、身体中にタトゥーを入れた男たちが煙草をくゆらせている。

「……本当に、こんな場所に?」

運転席の葵に向かって、私は思わずそう尋ねた。

対して、なんでもないことのように落ち着いた声で答える葵。

「御坂小夜の生活圏は、大体この辺だよ。昔っからこの辺でキャバやったり、地下アイドルやったりしてたし」

その言葉に、私はちょっと息を呑んだ。

小夜ちゃんは、こんなゴミ溜めみたいな街で、ずっと一人で生きてきたんだ。

大人の欲望が剥き出しで交錯するようなこの街で、小夜ちゃんは、自分の武器をひたすらに磨いて生き残ってきて。

そう考えると、確かに私は彼女の言う通り、安全地帯で守られてきた側だったのかもしれない、と納得してしまう。

彼女から見たら、私の人生って、ずいぶんお気楽で綺麗事に塗れてるんだろうな。

気づけばまた自己嫌悪に陥って、思わず視線が下がってしまう。

これからは、軽はずみに人の価値観に口出しするのは本当にやめよう……。

そうして一人猛反省する私を、ちら、と横目で見る葵。

「……またやってるでしょ。自責」

「うっ」

なんでバレた、と思ってちょっと顔をしかめると、葵は前を向いたままふっと笑う。

「別に、小夜の件は千歳が気に病むことじゃねーって。人生、不幸自慢大会じゃないんだからさ。辛い経験をしてきたから偉いとか、他の奴らを見下していいとか、そういう免罪符にはならなくない?」

「……」

落ち着いた口調でそう言う葵に、私はちょっと目を見開いた。

……鷹城葵。

初めて会った時は、なんて子供っぽい人なんだろうって思った。

表裏激しすぎるし、やる気のない練習には顔を出さないし、京のことも散々煽るしで、これ以上の問題児はいないだろうって思ってた。

けど、深く話してみると思ったより考え方はしっかりしてて、京のこともなんだかんだ気にかけてて、パニックになりそうだった私を何度も落ち着かせてくれて。

「……先輩って、ちゃんと大人なんですね」

「ちゃんと大人だったら、こんな時間に中学生乗せて歓楽街走りませんけどね」

思わず溢れた本音に、軽口で返される。

こういう他人に同情しないさっぱりとした性格、自分が楽しければそれでいい自由人さ。

そんな葵の適当さは、時々問題にもなり得るけど……私がこれからの人生で見習うべき一つの要素なんじゃないのかな。

そんなことを考えながら、ちら、と再度葵の横顔に視線を向けた、その時だった。