唐突な言葉に、私は思わず目を見開いた。

「今から?」

「そう。今から」

当たり前のように言って、葵は椅子にかけていたコートを素早く羽織る。

「……でも、京のいる場所なんて……」

「ん」

そう言って、葵がスマホの画面をこちらに見せてきた。

そこには、SNSのストーリー画面。

投稿者のアイコンは──おそらく、小夜ちゃん。投稿時間、わずか2分前。

@大好きな人

という文字とともに、京の後ろ姿らしき写真が、夜の街並みを背景にぼやけて写っていた。

「……これって……」

「匂わせ投稿。こいつ、京と一緒にいるときは毎回こんな調子で、分刻みでストーリーあげてくる。背景のネオンと建物、ランドマークなんかから大体の位置は特定できるね」

冷静に淡々と説明する葵の姿が、今までで一番頼もしく思えた。

だけど私は、心の中で渦巻く思いに、まだ一歩を踏み出せずにいた。

不安。
後悔。
自己嫌悪。

──私なんかが今さら行ったところで、何か変わる?

私の言葉で、彼がもっと傷ついたら?

でも。

『……知ってるのに、何もしないのは、罪かもしれないけど』

さっきの葵の言葉が脳裏にリフレインして、私は下唇を噛んだ。

……このまま何もせずにいる方が、きっと、もっとだめだ。

「……行きます」

掠れた声でそう言うと、葵は片方の口角を上げて満足げに笑った。

「急ぐよ」

そう言うなりさっさと踵を返す葵に、私も慌ててハンガーにかけていたコートを掴み、玄関へと向かう。

コートの袖に腕を通しながら、私は不安を振り払うようにひとつ息を吐いた。

……どうなるかはわからない。

けれど、何もしないまま後悔するくらいなら、やってみて後悔する方がいい。

怖い気持ちの方が大きい。

だけど、ほんの少しでも自分にできることがあるのなら、立ち止まっていちゃいけない。

勇気を出して、一歩を踏み出さなきゃ。

私はそう自分に言い聞かせて、葵の背中を追いかけるようにして家を出たのだった。