二年ぶりに戻った日本は、静かだった。

整備された公共施設、整然と並んだ自動販売機に、全て日本語で書かれた案内板。

黒い髪だからって、アジア人だからって、何も言われない。

だって、みんな俺と同じだから。

街ゆく人は、俺の顔を見ず、みんな手元の小さな電子機器に夢中だった。

その『無関心』がどうしようもなく心地良くて、思わず笑みがこぼれたのを今でも覚えている。

清架の家は、東京郊外、白を基調にした二階建てだった。

木の香りがほんのり残る玄関。靴がきちんと揃えられ、床には埃ひとつない。

湯船付きの風呂、ふわふわのベッド、暖かいご飯があって。

どうして自分がこんなにも贅沢な待遇を受けられるんだろう、と最初は戸惑った。

けれど、清架は何度も俺を安心させるように言ってくれた。

『大丈夫。京はもう、愛されるべき子なんだから』

毎晩、寝る前には絵本を読み聞かせてもらって。

その異常な演技力を振るって、本気で怖がらせてきたり、本気で笑わせてきたり。

そうして散々楽しませた後は、必ず子守唄を歌って寝かしつけてくれていた。

まだ眠くない、と思っていても、その透き通った声がすごく心地良くて、気づけば眠りに落ちてしまう、というのがお決まりで。

……一度だけ、最後まで清架の歌を聞いてみたい、と昼間にねだったことがある。

その時、彼女はちょっと照れくさそうに笑った。

『京って私の歌が好きなのね』

『だって……上手いもん』

『ふふ、でしょ?私、元々歌手志望だったの』

『なら、どうして今はお芝居してるの?』

『芝居の方がね、色んな人と関われる気がして。……でも、京は歌が好きそうだし、目指してみたら?歌手』

『……清架が見ててくれるなら』

『もちろん。ずっと応援するよ。──今から楽しみだなあ、京のステージ』

その言葉ひとつで、俺の夢は一瞬にして定まった。

清架が楽しみにしていてくれるなら。

俺は世界一の歌手になって、たくさん稼いで、いつか清架に恩返しをするんだ。

その一心で、俺は独学で歌を学んで、暇さえあればずっと何かを口ずさむような習慣さえついてしまった。

そんな俺を見て、芸能界に興味があるのだと思ったのだろうか。

清架は、それから頻繁に俺を自分の仕事場に連れていってくれるようになった。

──鷹城葵と初めて出会ったのは、その時だった。

既にその頃、子役として活躍していた葵。

ちょうどその時期に清架と共演していて、現場に行けばほとんど必ず彼に会うことになった。

……彼のことは大嫌いだった。

清架とやたら親しそうにするし、演技も礼儀も完璧すぎて気持ち悪かったし──それに、ずっと俺のことを同情するような目で見てくるから。

清架のことは、他の誰にも渡したくなかった。

彼女は地獄から俺を引き摺り出して、息をすることを許してくれた、たった一人の『神様』で。

だから、彼女が望むならなんでもした。

勉強だって、家事だって、歌の練習だって。

そして、例えそれが──

『京、キスしよっか』

ちょっとおかしい要求なのかもしれない、と思っても。