あの国の児童養護施設は、表向きには『慈善』の名を冠していたけれど、実際は『不要な子どもたち』を金に替えるための汚れた箱だった。

今でも覚えている、あの古びた木造の建物。

窓にはヒビが入って、冬は部屋の中でも吐く息が白くなって。人手は足りず、『職員』はいつも不機嫌だった。

『Respect staff. Obey rules. Or go without.(職員とルールに従え。さもなければ食事抜き)』

廊下の壁に、釘で打たれた木板に刻まれていたそんな文句。

それはまるで呪いみたいに、今でも脳裏に焼き付いてる。

──俺、峰間京は、三歳までは日本で暮らしていた。

けれど、多分俺の親は普通じゃなくて。

母親は昼夜逆転の生活を送り、男を部屋に連れ込むのが日常。父親はずっと前から姿が見えなくなって、母親に尋ねてもいつも返事は曖昧だった。

気づけば家の中には、いかつい格好をした見知らぬ男たちが頻繁に出入りするようになっていて。

うち一人が、母親に耳打ちするのを聞いた。

『まだガキやけど、顔はええな。こいつ、値ぇつくで』

後から聞いた話だけど、その時の母親は、暴力団から金を借りていたという。

もう返せないほどの額だったらしい。

働く気力もなく、責任も放棄した母親は、そのツケを俺に背負わせることを選んだのだ。

『京……あんたなら、大丈夫やろ。ちょっと我慢してな』

まるで、隣町のスーパーにでも出かけるみたいな調子で言われて。

売られた先は海の向こう、『養護施設』の名を冠し、不正な養子縁組のビジネスを働く人身売買組織だった。

最初のうちは、毎日のようにベッドの中で啜り泣いていた。

あまりにも大きな、これまでの生活との落差に。

けれど、やがて、一滴の涙さえ出なくなった。

泣いたって、誰も助けてくれないと知ったから。

『うわ、髪インクみてーだな!洗ってんの?』
『みてんじゃねー、気持ち悪い目しやがって!』

目の形、黒い髪、覚束ない英語。

施設で唯一のアジア人。

その『違い』は、彼らに取っては笑いのネタで、暴力の免罪符だった。

物が無くなれば、何かが壊れれば、誰かが怪我をすれば、全部こっちのせいにされる。

そんな泥のように濁った、息をするのも忘れるような暮らしの中で──

気がつけば、施設での生活ももう二年目に入っていた。

出口のない閉塞のなかで迎えた、五歳の冬。

それは、雪がちらつくある日のこと。

奇跡のような出会いが、訪れた。