「……せ。千歳」
肩をゆすられて、ハッと意識が浮上した。
弾かれたように顔を上げると、目の前にはコートを羽織ったままの葵の姿。
外出用の服と、少し冷たい手。今帰ってきたばっかりなんだろう。
「……あ、おかえりなさい」
軽く目をこすりながら、ふと、時計に目を向けた途端──背筋が凍った。
もう既に深夜0時。
1時間くらい仮眠した感覚だったのに、もう5時間近く経っていて。
やばい、全然ご飯作ってない。
やらかした──!
「あのっ、ごめんなさい、ご飯……」
焦って立ちあがろうとした、次の瞬間。
葵の手が、ポン、と私の頭に置かれた。
「自分で用意するから。それより千歳、最近疲れすぎじゃない?さっさとベッドで寝な」
「でも……」
葵の言葉に、私はちょっと口ごもって、俯く。
このまま何もせずに寝てしまっていいんだろうか。
京はきっと明日も来ない。
チームのために、私が責任を持って連れ戻さないとダメなんじゃないか。
「私が、京を傷つけたから……」
ぽつり、と思考が声に出た。
口に出す気はなかったのに、最近、疲れが溜まりすぎて、放つ言葉のコントロールすらできなくなってる。
慌てて口元を押さえる私に、葵が呆れたようにため息を吐いた。
「だから、あんたは悪くないって何回言ったら分かんの」
コードを脱いで無造作に椅子にかけると、私の隣に腰を下ろして、ぐしゃ、と乱暴に頭を撫でてくる。
煙草を吸ったんだろうか、ちょっとスモーキーな香りがふわりと鼻腔をくすぐった。
「あれは全部あいつ自身の問題。千歳が介入してどうにかできる問題じゃねーから」
「……」
葵は、いつもそうやって私を慰めてくれるけど。
彼は一体、京について、何をどれだけ知ってるんだろう。
私が一体、京をどういう形で傷つけてしまったのか。
京は、私に何を求めていたのか。
たとえ何もできなかったとしても、それくらいは、知っておきたかった。
「──葵先輩」
ぽつり、と呟いて、顔を上げる。
「京に、昔何があったんですか?一体、どういう環境で育ってきた子なんですか?」
真っ直ぐ投げかけたその質問に、葵は一瞬、言葉に詰まったように黙り込んだ。
静けさが部屋に満ちて、ただ時計の針の音だけが無機質に響いていた。
数秒間、沈黙の後。
「……別に口止めされてねーし、言っても怒られないか」
ため息混じりにそう言って、葵は話し始めた。
峰間京っていう人間が、一体どういう道を辿ってきたのか。
その想像を絶する壮絶な人生に、私は、自分の発言を死ぬほど後悔することになる。
