「じゃあさ」

笑みを携えたまま、ぐい、と距離を詰めてくる京。

「『遊ぶ』の、やめたとするじゃん」

淡々とした口調なのに。

一瞬で、まるで空気の圧が変わったかのように、呼吸が浅くなる。

「そしたら──お前が、全部忘れさせてくれんの?」

少し首を傾げて、至近距離で目を覗き込んでくる。

その紫紺の瞳は、ぞっとするほど静かで美しくて、全く感情が読めなかった。

まるで、深く澄んだ湖の底みたいな、静謐で、完璧な鏡面。

「俺が『あいつ』を忘れられるくらい、好きにさせてくれるってこと?そういう責任取るつもりで言ってんだよね、勿論」

その言葉に宿る、狂気じみた熱。

──やってしまった。

軽はずみだった。

無責任な説教だった。

そう後悔した時には、もう遅くて。

「俺を救いたいんなら──俺と一緒に、死ねんの」

──ずる、と脚から力が抜けた。

空気がやけに重くまとわりついて、言葉がつっかかって、息がうまくできない。

京はそんな私を見下ろすと、すっと片膝をつき、私と同じ高さに降りてくる。

「……なーんて、ね」

ニコ、といつもの調子で笑うと、グイ、と私の顎を掴み、強引に引き寄せた。

そのまま、躊躇いもなく唇が重なる。

「っ……ん、ぅっ……!」

熱くて、深くて──苦い。

逃げようとした舌はいとも簡単に絡め取られて、脳内に痺れが広がる。

自分の存在を刻みつけてくるように、口内を侵略して、舌先を甘噛みして。

後頭部を力強い手で押さえつけられて、顔を逸らすこともできない。

また、だ。

また、呼吸ごと奪うみたいな、支配欲の滲んだキス。

上手く息が吸えないので苦しくなって、京の胸を押し返そうとするけど、びくともしない。

ようやく唇が離れた時には、息が荒くなって、思考がぐちゃぐちゃに乱されていた。

京はそんな私を見下ろすと、ポン、と軽く頭に手を乗せる。

「お前の言う通り──もう終わりにするから」

薄く笑った京の笑顔の下に、何か剥き出しの感情が隠されているような気がして、ぞくりと背筋が粟立った。

──終わりにするって、何を。

問いかけたくて、喉の奥まで言葉はせり上がってくるのに、声帯は麻痺したように沈黙するだけだった。

何も言えないまま、ただ、その場に座り込む。

くる、と踵を返して去っていく京。

このまま彼を行かせてはいけない気がする。

そう直感したけど、私が彼を助けられる人間だとは到底思えなくて。

ただ呆然と、その背中を見つめることしかできなかった。