今まで何度も何度も、揶揄い半分で言ってきた言葉。
けど、今日の京の目には、そんな色は一切浮かんでいなかった。
香水の匂い。呼吸の温度、速度。
間近で伝わってくる京の存在に、一瞬にして思考がぐちゃぐちゃになる。
「……え」
呼吸と声の合間みたいな、掠れた声が漏れる。
耳元で、蜂蜜を溶かしたみたいな甘ったるい声音。
「──大事にする。今会ってる女も全部切るから」
さら、と優しく私の髪に指を通す京。
そのまま、私の頬に添えられた指先に、ビクッと肩が跳ねた。
くい、と顔を上向かせられ、嫌でも交錯する視線。
異常なほどの熱を含んだ京を前に、ドキドキと心臓が高鳴って──本能的に、惹かれてしまいそうになる。
けれど。
──この人、多分、私を見ていない。
視線は合っているのに、彼の瞳に私が映っている気が全くしなかった。
誰か、知らない人と私を重ねて見ているような。
そんな直感が、痛いほどに私に警鐘を鳴らした。
「……京」
思わず、口をついて出た言葉。
「やめなよ」
京の動きが、一瞬止まった。
「……何を?」
一瞬の沈黙の後、ふわ、と甘く笑う京。
動揺は無い、ように見える。
けれど。
「そうやって他の女の子を、誰かと重ねて見るの」
私は続けた。
このまま京のことを受け入れたとしても、京は、絶対に救われない。
軽薄そうな仮面の下に、いつもどこか哀しそうで、満たされないような表情を隠しているのを、知ってる。
だからこそ。
「自分の寂しさを埋めるために、その場しのぎで女の子を使って……そういうの、本当に嫌だ。そんなことしたって、京自身も何も満たされないと思うし」
ずっと思っていたことを、京にぶつける。
声は、さっきまでより震えていなかった。
「京が誰に執着してるのかは、私には分からない。何があったのかも知らない。でも……その想いは、ちゃんと、その人にだけ向けてよ」
そうしないと──きっと、京は本当に空っぽになってしまう。
他人を壊して、自分も壊れる前に、どうか、立ち止まって。
そんな一心で、ぶつけるように言い放った言葉。
京の表情は変わらなかった。
数秒間、沈黙の後。
いつも通りに柔らかな微笑みを携えて、ぽつりとこぼす。
「──なりたくてこうなったわけじゃねーよ」
声音に怒気はない。
けれど、その裏に、確実に冷気を孕んでいて、息が詰まった。
皮膚の表面を薄刃でなぞられるような、じりじりとした緊張が、肌を這う。
