翌日。

いつも通り、練習開始前にエマに戻って、スタジオで軽くストレッチを始める。

いつもなら、まだ体が完全には目覚めきっていなくて、微かな眠気が残る時間帯。

けれど、今日は違った。

というのも、うとうとしている余裕なんてないくらい、猛烈な違和感を感じていたから。

ことの発端は今朝。

『京、おはよ』
『……ん』

峰間京が、急に私によそよそしくなったのだ。

目が合っても、すぐに逸らされる。

話しかければ、返事はするけれど、どこか上の空。

べつに怒っている感じじゃないけど、なんというか──妙に距離を取られている、そんな感じがした。

──そして、それは今も続いている。

隣に胡座をかいて、ヘッドフォンをしながらスマホをいじっている京に視線をやる。

いつもだったら、暇さえあればやたらと話しかけてくるのに、今日はそれが全く無い。

なんなら、こっちが見ても視線すら合わない。

すると、必然的に多くなるのは葵との会話。

「千歳。振り不安なとこある?」
「えーと……Bメロの入りのとこが、いまいち」
「教えてあげる。おいで」

ちょっと目を細めて、私を手招きする葵。

他の誰にも向けないような優しい笑顔を向けられ、一瞬言葉に詰まる。

と、その時、葵の肩に背後から手が伸びた。

「その甘い声をやめろ」

明頼だった。

──この人も、最初からずーっと葵に敵意向けっぱなしだよな。
審査員相手にそこまで真っ向から歯向かえる精神、逆に尊敬する……。

「明頼くんはまず教えたステップできるようになろうか。クソチビ」
「あぁ?」

最後の暴言だけカメラに拾われない声量で、爽やかな笑顔で言う葵に、思い切りメンチを切る明頼。

喧嘩勃発寸前の空気に、私や周囲のスタッフさんたちの間で一瞬ヒヤッとした空気が流れた。

けれど。

「明頼、お前本当に喧嘩してる場合じゃないよ」

背後から雪斗が冷静に声をかけた。

「昨日撮った動画見ろ。お前だけ手の角度が違う。ターンの向きが違う。ここも、ここもだ。多過ぎる」

iPadに映ったパフォーマンス動画のスクショを見せながら淡々と指摘してくる雪斗に、明頼の表情が固まった。

──雪斗、審査が始まった時は力づくで明頼を止めることしかできていなかったけれど。

今は、至極冷静に、明頼の手綱を握れるようになっている気がする。

これも、今までの練習の成果なんだろうか。

なんにせよ、雪斗の存在のおかげで、このグループの治安は保たれていると言っても過言ではない。
彼が一緒で本当に良かった。

「……どうせ俺は脱落ギリギリでしがみついた下手くそですよー」

吐き捨てるように言って、膝を抱えしゃがみ込む明頼。

あ、拗ねた……。

周囲から冷たい視線を受ける明頼を、ちょっと可哀想に思う。

私の目から見たら、充分頑張ってると思うけどな。
一見普通の中学生である彼が、こんな化け物ばっかりの環境の中で、しっかりと同じレベルでしがみついているだけで物凄いことだと思う。

と、そんなことを思っていると。

「あっはは、落ち込むなよ明頼」

私の隣から、軽やかな笑い声が響いた。

京だ。

ヘッドフォンを肩にずらしながら、悪戯っぽく言う。

「お前が下手なんじゃない。俺が上手すぎんの」
「あ?黙れ」

秒速で睨まれ、くすくすと笑う京。

彼のいつも通りの軽口を前に、私の中の違和感がさらに大きくなる。

……他のメンバーとは普通に話すんだ。

だったら、一体どうして、今日は私と目を合わせようともしないんだろう。

京の変化にどこか不穏な空気を感じて、私は練習中、ずっとそのことしか考えていなかった。