……今、二人は一体何をしているのだろうか。
小夜といるときも、ずっと頭の片隅に葵たちの存在がちらついて、苛立つ自分がいた。
千歳は、あの男と、今どこまで踏み込んだ関係なのか。
自分の知らない顔を、あの男にだけ見せてはいないか。
そんな考えばかりが頭の中を巡って、胸の奥がざわついていた。
──このまま放って帰るのは癪だ。
ちょっとした悪戯心。
少し嫉妬の混じったような、そんな感情が湧いて。
気づけば、ドアノブに手をかけていた。
ノックはしない。
音を立てないように、そっと隙間を作る。
──その瞬間だった。
ドアの隙間から、榛名千歳の『歌』が奔流のように流れ込んできたのは。
『Booting up again, another empty show 』
──え?
視界が一瞬だけ揺らぐ。
と、同時に、脳内で何かが壊れるような感覚がした。
初めて聞いた、榛名千歳の『本当の』歌声。
透き通っていた。
綺麗すぎて、触れたら簡単に壊れそうな、繊細な音。
でも──それ以上に。
その歌声が、俺のどこか深い場所を、無遠慮に、鋭く貫いた。
──似ている。
いや、そっくりだ。
『あいつ』の声に。
何年も前、もうどこかに置き去りにしていた感情が、ドッと雪崩れ込んでくる。
鼓膜を震わせたその音に、記憶が引き戻されて。
初恋に落ちたみたいに、心臓が高鳴って、収まる気配はまるでない。
甘い香り、愛おしげな視線、花が咲くような微笑み。
『私と一緒に来ない?』
その懐かしい声音が、痛いほど鮮明にフラッシュバックした。
「……っ」
呼吸が詰まった。
心臓が、締め付けられるように痛む。
無理やり蓋をした記憶が、千歳の歌声にこじ開けられていく。
絶対に、重ねてはいけない。千歳と『あいつ』は、何もかもが違う。
そう自分に言い聞かせてきた言葉は、一瞬にして打ち砕かれて──
恋が、蘇る音がした。
