さっさと嫌いになってくれ〜アイドルオーディションで嫌われたい男装美少女、なぜか姫ポジ獲得?!〜


ヴーッ、と机の上のスマホが強くバイブレーションを鳴らした。

その画面に表示された発信者は、『マネージャー』。

「……」

その名前を目にした途端、葵の顔が本気で嫌そうに歪んだ。

そのまま、ふいと視線を逸らして見なかったことにしかける葵。

……させない。

この救いの手をみすみす逃すなんて、そんな勿体無いこと、できるわけがない。

そう思った私は、すぐさま葵のスマホに手を伸ばすと、応答ボタンをタップした。

「っ!こら、勝手にっ……」

焦って手を伸ばした葵よりひと足先に、私がスマホをひょいと掲げると。

『鷹城テメェソロアルバムの締切どーなっとんじゃゴルァアァ!!』

キィィィン!!!

耳をつんざく怒声が、スマホ越しに作業部屋全体に響き渡った。

同時にビクッと肩をすくめる私と葵。

なにこれ、ブチ切れてるじゃん、マネージャー……。

「……今やってるっすよ」

『おっせぇーーんだよ!!どんだけ先方待たせてると思とんねん!!』

「二週間くらい」

『分かってんなら早よしろやどつき回すぞボゲェ!!』

心底鬱陶しげに吐き捨てる葵にも臆せず、言葉でぶん殴る勢いで怒鳴ってくるマネージャー。

すごい圧だな……でもこれくらいじゃないとJACKPOTのマネージャーなんて務まらないか、とちょっと納得してしまう。

『いいか、もし明日までに完成せんのなら──』

そこで言葉を切り、一瞬の間。

それに嫌な予感を感じたのか、葵がちょっと顔を引き攣らせる。

『テメェの新しいゲーミングパソコン風呂にバッコリ沈めたるからなァァァ!!』
「待って、それはやばいっす!!」

その脅し文句に、本気で焦り始める葵。流石はマネージャー、葵の扱い方を心得すぎている。

「明日までは流石に無理なんで、明後日の夜、とか──」
『つべこべ言うな!以上!!』

ブツッ。

交渉も虚しく、一方的に切られる通話。

絶望的に頭を抱える葵に、私は恐る恐る聞いてみる。

「……締切過ぎてたんですか?」
「まあ」
「最近ずっとパソコンに張り付いて必死に作業してたのに?」
「FPSやってた」
「えぇ……」

衝撃の事実が発覚し、口をあんぐり開けてしまう。

確かに、作業室の扉が開いた隙間から、やたら『やべぇ、死ぬ』とか聞こえてきて、大変なんだろうなって同情してたけど。

締め切りに追われてたんじゃなくて、ゲームの話だったの……。

「──え、じゃあちょっと待ってください。あの徹夜してた日もまさか……」
「味方弱くて」
「おかしいでしょ」

一発殴られた方がいい本当に。

じとっとした視線を送る私に、葵は無理矢理ヘッドフォンを被せてきた。

ピタッと塞がれる両耳、世界から遮断される感覚。

「……ってわけで、今夜は朝まで付き合ってもらうから」
「はぁー?」

口答えをしようとすれば、有無を言わせずマイクを渡され、ヘッドフォンからイントロが流れ出す。

……まったく。

ほんと、どうして天才って、みんな揃いも揃って問題児なんだろう。

言うことはめちゃくちゃ、感情の起伏は自由奔放。

けれど、自分の才能に代わりなんていないって事実を、誰よりも一番良く理解していて。

その圧倒的な自己肯定感は、普段の生活ではただの傲慢にしか見えない。

でも、ステージの上では──それが誰にも真似できない圧倒的な『魅力』に変わる。

ふっと視線を横にやる。

葵の横顔は、どこまでも整っていて、隙がなかった。

まるで完成された作品みたいに、どの角度から見ても絵になる。

この作曲センスに、並外れたステージ上での表現力。

彼が紛れもなく日本のエンターテイメント界における寵児だという事実は、既に自明の理で。

……そんな彼が、今こうして隣にいて。

同じ空間で、同じ音楽を作ってる。

──って、どう考えても変だよね。

なんで私なんかがここにいるんだろう、って、未だに思ってる。多分、数ヶ月前の私に言っても絶対信じてくれない状況だろう。

……けど、たった一つ確かなことを挙げるとするなら。

それは、この完璧な音に、私の歌が中途半端に重なるなんて、絶対に許されないってこと。

こうなってしまった以上は、きちんと期待に応えなきゃ。

私は自分にそう言い聞かせると、ヘッドフォンに手を添える。

そして、最初の一音のために、ゆっくりと息を吸い込んだ。