さっさと嫌いになってくれ〜アイドルオーディションで嫌われたい男装美少女、なぜか姫ポジ獲得?!〜


「おいで、小夜」

甘く、囁くような低い声。

返事をする前に、軽く腕を引かれ、胸に抱き寄せられた。

「……っ」

途端、京の大好きな匂いが濃く香る。

──あー、やばい、本当に大好き。

そうやって不意打ちでキュンとさせてくるとこ、顔が意味分かんないくらい良いとこ、思考が溶けちゃいそうなくらい良い匂い、甘くてゆったりした声のトーン。

全部が全部沼すぎて、この人になら本当に私の全部を捧げていいって思える。

「……ね、京」
「ん?」

ちょっと首を傾げる京。甘く細められた目元、間近で感じる体温。

空っぽな私の寂しさを埋めてくれる、唯一の存在。

気づけば京の背中にぎゅっと手を回して、ぽつり、と言葉をこぼしていた。

「……もっかいしよ」

いつもは弁えてるはずなのに、今日はなぜだか頭が熱に浮かされたみたいで、歯止めが効かなかった。

体が勝手に動いて、京の頬に手を添えて。

そのまま、私からキスをしようとしたけれど。

「だーめ」

私の頬を両手で包んで、阻止された。
言うことを聞かない子供をあやすみたいに、ぎゅっと頬を潰してくる京。

「俺、明日早いから。また今度ね」

いつもみたいに笑う京。けど、その目の奥にあった微かな熱が、すっと冷めたのを感じてしまった。

──あ、やっちゃった、かも。

欲を押し付けて自分から迫るのは嫌われるって、分かってたはずなのに。

ぎゅうっと心臓が押しつぶされそうになって、呼吸が一瞬浅くなる。

──けど。

「わかった」

それを悟られないように、いつも通りに笑顔を作る。

楽な女でいなきゃ。

捨てられないために。

上辺だけでも、何も考えてないみたいに、明るく取り繕うんだ。

京は、そんな私を見て薄く笑うと、すっと私から身を離した。

遠のく体温に、急に寂しさが湧き上がる。

「……どこ行くの?」

そのまま部屋を出ようとする京の背中に、思わず声をかけた。

「充電器取ってくる」

ニコ、とゆるい微笑みを残して、部屋を後にする京。

──暗い部屋の中、一人取り残された私は、寂しさを振り切るように、ドサッとベッドに身を投げた。

まだ微かに残る京の匂いに、切なくなる。

本当は、もっと言いたいこと、聞きたいこと、いっぱいあるのに。

私のこと、本当はどんなふうに思ってるの、とか。
どうして会いに来てくれなくなったの、とか。

──最近、一体誰を見てるの、とか。

ずっと喉の奥で引っかかったままの問いを吐き出すように、ひとりため息を吐く。

京、私、分かってるからね。

また新しい『お気に入り』ができたこと。

話しかけてもどこか上の空で、私を見てる時も、何か別の人と比較して見てるみたいな。

そういう違和感、痛いくらい感じてるよ。

でも、私はちゃんと『分かってる』から、京のことは責めない。

けど、その代わり、ちゃんと私との約束は守ってよね──。

声にならないそんな言葉は、喉の奥でゆっくり溶ける。

窓の外で輝く冬の月が、冷え冷えと輝いて、部屋の中を淡く照らしていた。