──今まで、どんな女でも甘い言葉と顔で口説き落とせば簡単に落ちた。
それをいいことに、落とした女を、自分を捨てた『あいつ』と重ねて、壊して、自分の傷を舐めてきた。
千歳も最初は、その中の一人になるはずだった。
なのに──
ずっと違う方向を見て、決してこちらを振り返らない。
手を伸ばせば届きそうな距離にいるのに、絶対に心を許してはくれない。
一定の距離を、無意識の防御線で守り続けている。
ただただ腹が立って、気に入らなかった。
だからこそ、自分の手で突き落としたかった。
なのに、目の前の大嫌いな奴の方が、いつの間にか千歳の奥深くまで踏み込んでいる。
その事実が、どうしようもなく苛立たしくて。
「……葵、これ吸っていーの」
気を紛らわすために、ちょうど手の届く距離にあった潰れかけの煙草の箱を手に取り、軽く振った。
葵は面倒そうに一瞥して、デスクチェアの背に体を預けたまま答える。
「未成年から吸ってたら早死にするらしーよ」
「誰が言ってんのさ」
京は口角をゆるく持ち上げながら一本抜き取る。
葵がポケットからライターを投げてやると、京は片手で受け止めた。
「窓開けろよ。千歳、煙苦手だから」
「彼氏ヅラやめろって」
「妬いてんの?」
にやりと意地悪な笑みを浮かべて言ってくる葵に、京は肩をすくめて笑ってみせた。
「別にそこまで執着してない。どうせすぐ切れる関係の相手だし」
そう言いながら、カチリ、とライターで火をつける京。
妙に慣れたその手つきに、葵は若干眉をひそめた。
煙草をやったり、寮を頻繁に抜け出したり、体だけの関係を多く持ったり。
やたらとモラルから逸脱した行動に走るのは、自分の弱さを隠すためだろう。
