──時は少し遡る。
バタン、と閉まった扉の前には、無理矢理作業部屋に連れてこられた葵。
乱暴に京の手を振り払い、苛立ちを隠すことなく京を強く睨んだ。
「なにが『パフォーマンスで聞きたいこと』さ。俺の言葉を聞き入れるつもりなんて微塵もないくせに」
吐き捨てる葵に、京はニコッと貼り付けた笑顔で返す。
「嫌だな〜、葵くんの的確なアドバイスには毎回感銘を受けてるのに」
「女いねーんだからその気色悪い猫被りやめろよ」
葵のその言葉に、京は一拍の間の後、軽くため息を吐く。
そうして再び顔を上げた京の表情は、いつもの薄笑いに反して、どこか気だるげだった。
「この部屋防音?」
「当たり前」
「あ、そう。じゃあなんでも言い放題だな」
どさっとソファに腰を下ろし、クッションに背を預ける京。急に無礼な態度になった京に、葵は鬱陶しそうに眉根を寄せつつも、デスクチェアに腰を下ろした。
「……ちょうどいいわ。俺もお前と二人で話したいことあったし」
葵の言葉に、京は視線を上げずちょっと笑う。
「へー、何」
京の問いに、一拍置いて、葵が答える。
「あんたさ、千歳に俺について何か言ったでしょ」
その単語で、ようやく京が葵を見た。
ふっと面白そうに目を細め、スマホを脇に置く京。
「とゆーのは」
「今日、不自然によそよそしくされてる。マジで意味わかんない」
葵が本気で嫌そうに吐き捨てると、京はくすくすと愉快そうに笑った。
「普通に嫌われてるだけだろ」
「その心底楽しそうな反応であんたが関与してんのは確定だわ」
「あーミスった。まいっか、別に隠す必要ねーし」
くしゃっと乱雑に髪をかき上げ、挑発的に葵を見据える京。
長いまつ毛に縁取られた、紫にも見える深い黒色の瞳が、楽しそうに煌めく。
「千歳ちゃんいいよな。ああいう汚れてない可愛い子をぐっちゃぐちゃにすんのが一番楽しい」
「いかれてんね」
「お前には負けるよ」
京の言葉に、こめかみをぴくりと動かす葵。
くるりとデスクチェアを回すと、京に向き直った。
「一緒にしないでもらえる?俺はお前みたいに相手を突き落とすのを楽しむ胸糞野郎じゃなくて、相手を紐解く過程が楽しいの」
「……何それ」
怪訝そうに眉根を寄せる京に、葵は「例えば、千歳だったら」と続ける。
「あの子は、かなり特殊な環境で育ってる。普通じゃない分、人に踏み込まれることにすごく敏感で慎重だけど……その分、自分と似た匂いを感じた相手にはハマりやすい」
「……」
「あと、刺激より落ち着きを重視するタイプ。スリルとか、その場のときめきじゃなくて、『この人とは深い話ができるか』『一緒にいて自分が壊れないか』……そういう基準で人を見る。恋愛なら、なおさら」
京の脳裏に、ふと浮かぶ名前があった。
──皆戸遥風。
千歳が唯一、自分から心を許しているように見えた男。
彼は、その条件に当てはまったのだろうか。
京は顔を背けるようにして、興味もないギターケースにぼんやりと視線を投げた。
