「こら、こんなとこで騒ぎ起こすな」

見上げるとそこには、先ほど見た非現実的な美形──天鷲翔が立っていた。

涼やかな瞳が、こちらを見下ろす。静かな眼差し。
圧倒的なオーラを前に、一瞬、瞬きを忘れる。

「何があったのか知らないけど、参加者の顔に殴りかかるのは非常識。落ち着けよ」

そう言い放ち、真っ直ぐ明頼を見据える翔。

「……天鷲、翔」

明頼は、圧倒されたようにポツリとこぼす。
そして、私を強く睨みつけた後、無言のまま食堂から去っていった。

「水こぼれてんじゃん。災難だったね」

そう言って、備え付けのクロスで机を拭いてくれる翔。
その一挙一動でさえ絵になる彼を、私はじっと見つめる。

天鷲翔。
人の喧嘩に割り込むってことは、正義感が強いのかな。

そんな彼が許せないのは──小賢しい真似をする、卑怯な悪役とか?
私はそう分析すると、大袈裟にため息を吐いた。

「あーあ。殴ってくれたら、告発して炎上させたのに。邪魔すんなよ」

翔は何も言わずに、私を見下ろす。静かな威圧感。その瞳に燻る、押し隠された感情。

「……それはごめんな。けど、顔に傷が付いたらお前もリタイアだろ」

そう言うと、翔は当然のように私の向かいの席へ腰を下ろす。

瞬間、食堂が微かにざわめいた。
絶対エースの一挙一動に、周囲の視線が敏感に反応しているのがわかる。

その中心にいるのが自分だという事実に少し居心地の悪さを覚えつつ、私は黙って味噌汁をすすった。

「気にしなくていい。あいつら、俺がどこに座ろうが騒ぐから」

まるでこちらの心境を読んだかのように、翔が落ち着いた微笑みを向けてくる。
どこまでも冷静で、大人びた振る舞い。
こんなにもクソガキな『榛名千歳』を前にしてなお、動じる気配はない。

「そういえばさ」

不意に話題を変えるように、翔が口を開いた。

「お前、昼間、栄輔と仲良さそうだったよな」

その言葉に、私はほんの少し目を細める。

──なるほど、こっちが本題ね。
さっきの騒動で恩を売り、その流れで何か頼み事を持ちかけようという腹だろう。

何?俺の栄輔に近づくな、とか?私は無表情を崩さず、翔の次の言葉を待つ。

「良かったらさ、これからも栄輔と仲良くしてやってくんね?」

意外な申し出に、私は思わず眉を上げた。

それ……どういうお願い?