「……あのさ、用済んだら帰って」

ため息混じりに、苛立ったような言葉を溢す葵。

けれど、小夜ちゃんはその空気の悪さを微塵も気にしない勢いで、あっけらかんと言い放った。

「え、嫌。京くん呼んでよ」
「はぁー?」

思い切り嫌そうに眉根を寄せる葵。

当然だ。
だって、葵にとっては京も小夜ちゃんに負けず劣らず厄介者。わざわざ自分から呼び出すわけがない。

「なんで?あんたが事務所行けば」
「もう何回も行ってる。んで警備につまみ出されてるの!」
「前科持ちかよ」

こりゃダメだ、というふうに天井に視線を投げる葵。

すごいな、この子。
白くて華奢で一見か弱そうなのに、何度も事務所に忍び込もうとするとか、浮気相手の家に凸るとか、そのパッションが尊敬ものだ。

「ね、冬優もわかるよね?彼氏に会いたいのに会えない辛さ!」
「え?あ……」
「ほら分かるって!葵くんの薄情者、人でなし!呼んでくれなきゃ二人の写真撮って週刊誌に売っちゃうもんねー!」

私の答えを待たずに、指差して半ばキレ気味に言う小夜ちゃん。

その脅し方はほとんど峰間京と同じ悪徳さだ。

京から学んだのか、それとも根っこが似てるのか……。

心なしか、葵の表情がいつもに増して疲れて見える。

「いいのかなー撮って!大人気アイドルのファンとの密会!二人密室で一体何をしていたんでしょーかー?」
「分かった、分かったから。静かにしてマジで」

その勢いに負け、軽く舌打ちしてスマホを取り出す葵。

ぐしゃっと鬱陶しげに前髪をかき上げ、京に電話をかける。

コール音が4回ほど鳴ったところで──

『……はーい、なに』

気怠げな京の声が応答した。

その途端、光の速さで葵のスマホを強奪する小夜ちゃん。

「あ、京くーん?小夜だけど。なんか色々あって今葵ん家いんだよね。会いたいから抜け出してきてよ!」

突拍子もない小夜の発言に、電話の向こうでちょっと黙り込む京。

そして、少し間の後。

『……なるほど、お前浮気相手だと思って凸ったな』

ほんの数秒で状況を理解し、愉快そうに笑った。

「せーかーい!バトる気満々で行ったら元彼いて死ぬかと思ったよね、しかも新しい女連れ込んでるし。ばーーり気まずい」
『いや帰ったれよ』
「やだ京くんと会いたいもん♡」

……思ったより距離感が近い、この二人。

結構ずっと続いてる関係なのかな、と思わせるような、友達みたいなノリの会話。

その横で、葵が痺れを切らしたように舌打ちをすると、再度小夜からスマホを奪い返す。

「……ってわけで、早く来てコイツなんとかしろ。外出許可は出す」
『マジ?あざーす』

葵は心底不本意そうにため息を吐くと、通話終了ボタンを押す。

そんな葵の肩を、トンッと軽く叩く小夜ちゃん。

「ありがと、葵くん♡」
「猫被らないで。気色悪い」

──こうして、峰間京までも葵宅に召喚されることとなり、史上最悪にカオスな夜が始まろうとしていた。