「……男の声でですか?」
「いや、今の声」
「無理です!」
私は、ほとんど反射的に頭を振った。
少しでも女の姿で活動してしまえば、男装バレのリスクは極端に跳ね上がる。
そんな自殺行為、論外だ。
私のそんな心情を察したのだろうか、葵が続けて言う。
「顔も名前も出さなくていい、音源に残すだけでいいから」
「考えが甘いです。先輩、SNSの力なめてます?」
会話を広げない云々なんて気にしてられなくて、思わず饒舌になる。
今の時代、SNSには所謂『特定班』が潜んでいる。
何かの拍子に少しでもボロを出したら最後、私だけじゃなく、私の男装を知っていて隠していた葵も社会的に死ぬ。
この人、そのリスクを分かって言ってるの?
断固拒否姿勢の私に、葵は少し目を細め、ちょっと身を寄せてきた。
「ギャラは弾む。売上にもよるけど、最低──三桁は出せる」
その言葉に、私は再度口をあんぐりと開けた。
「三桁……あぁ、百円とかそっちの?」
「バカ、三桁万だよ」
「本当に言ってます?」
「良い音が手に入るなら俺はどんな手でも使うけど」
……だとしても、完全に無名のアーティストのフューチャリングに、その金額?
どれだけ声が気に入ったからと言って、それは──
「……頭おかしいんじゃないですか」
本気でドン引きする私に、葵はなんでもないように肩をすくめた。
「音楽なんて、多少頭おかしくないとやってらんないんじゃない?」
そう話す葵の表情は、至って真剣。
きっと、冗談で言ってるんじゃないのだろう。
子役時代からバリバリに稼いできた彼。トップアイドルに上り詰めた現在でも、ツアーやアルバムの収益に加え、プロデュース曲の印税で腐るほど稼いでる。
百万程度のお金なんて、彼にとってはきっとはした金。
……どうする?
魅力的な取引ではある。
グループを脱退し、榛名優羽の家から琴乃と一緒に抜け出した後、拠り所が見つからない可能性も十分にあり得る。
そうなった時に、どうやって生計を立てていくのかはずっと懸念だった。
最悪、私が水商売に手を出すことになるかもしれないとは思っていたけれど。
そのお金があれば、きっと当分は乗り切れる。
