「え、私がですか……?」

意外な要求に、ちょっと声が上擦った。

それに構うことなく、葵は手元の機材をいじりながらあっさり答える。

「女の声で入れた方が、イメージつきやすいから。はい、聞け」
「え、ちょ、待っ……」

断る間もなく、強引に頭にヘッドフォンを被せられる。

……こうして、私を無理やり長い時間拘束しようって魂胆だろう。

心の中で盛大にため息を吐きつつ、私はヘッドフォンを頭の上で調整した。

葵はというと、慣れた手つきで何かカチカチと操作を続けている。

葵の作る曲って、一体どんなテイストなんだろう。

『JACKPOT』の楽曲傾向から見るに、ブラスの音をめちゃくちゃ使った派手なポップスが多いイメージだけど。

そんなことを考えながら待っていると、葵の指先がカチッとトラックの再生ボタンを押した。

次の瞬間、耳に広がったのは──予想していたような華やかな曲ではなかった。

ピピッ、というデジタルノイズののち、冷たいシンセサイザーの立ち上がり。

どこか寂しげな、幾何学的に配置された音粒。

澄んでいて、ちょっと切なげなメロディが、ゆっくりと波紋のように広がっていく。

──エレクトロポップ?

『JACKPOT』の楽曲のように、その鮮烈なサウンドで圧倒する感じもない。

いつもの歌詞みたいな、背中を押してくれるようなポジティブさなんて皆無。

ただひたすらに、整頓され、静かな、現実感のない美しさ。

……鷹城葵が一番『好き』なタイプの音楽だ、と何故だか直感してしまった。

「……どう?」

横からちょっと首を傾げ、聞いてくる葵。

「良いんじゃないですか?」

ヘッドフォンをずらし、当たり障りのない感想を言う。

本当は、割と好きだった。

けれど、あまり会話を広げないように、最低限の情報だけ返す。

相変わらずの私の態度に、葵はちょっと目を細めたけれど、特に何も言わず、そのまま黙ってマイクと譜面を手渡してきた。

「今俺の声でガイド入れてるけど、赤マーカー引いてるとこが女パート。歌詞は仮だけど」

私は譜面に目を落としつつ、数回、トラックを聞いてメロディを把握していた。

澄んでるけど、ちょっと切なげで。

自然と呼吸が落ち着くような音作りに、少し目を細める。

胸の辺りがぎゅっと締め付けられるみたいな、ふわふわと切なげなシンセサイザー。

曲が進むにつれて、どんどんトラックの厚みが増してくるのもいい。

心の中で本気で感心しつつも、表には出さないように気を付ける。