練習後。
今日も葵の家に泊まりに行くので、私は部屋で必要なものをバッグに詰め込んでいた。
京は、何故か今日も私に着いていく気満々だったらしいけど、案の定同行を断られて拗ねていた。
「ムカつく……ただ早くデビューしただけで何がそんなに偉いんだか」
ベッドでスマホをスクロールしながら、不貞腐れてぼやく京。
「ってゆーか、なーにが『本物の表現』さ。こっちはそんな高尚な志で挑んでないっつーの。芸能界入ってアイドルとか女優とか引っ掛けたいだけなのにさ」
「それも大概だと思いますけど……」
「え?」
「いや」
京と口論になったら面倒そうだったので、無難な笑みで誤魔化しておく。
とりあえず彼は、練習中に葵から何度も『表現が浅い』と突っ込まれ続けたのがよほど鼻につくらしい。
京はベッドに仰向けに寝転んでしばらく黙り込んだ後、ぽつり、と呟いた。
「あのさ、千歳ちゃん。もう充分あっちはいい気になってるっぽいから、ちょっと早いけど引いてもらっていい?」
「……引く?」
意外な提案に、私は手を止めて彼を見た。
「うん、なんかもう、充分刺さった感じあるし。あいつ、明らかに調子乗ってる。だから、これ以上は深入りしないで、少し距離作った方が効果的」
……本当に?私情混ざってない?
ちょっと疑り深げな視線を投げ、聞いてみる。
「まだ二日も経ってないけど……本当にいいの?」
「いいんだよ、飽和する前に一回引く。ってか、そうでもしないと千歳ちゃん絶対葵に食われるでしょ」
その言葉に、昨日の出来事を思い出してギクリとする。
うん、確かに、それはそうなんだけど……。
「でも、ご飯は作りに行かなきゃ。約束しちゃったし」
腕時計に視線を落とし、時間を確認する。葵が迎えにくるまで、あと10分もない。
「行くなって言ってるんじゃないよ。ただ、心の距離作って、踏み込ませないようにする。口説いてきたら……ま、苦笑とかでいいんじゃない?」
「一番精神えぐるね」
その残酷な提案に、ちょっと顔を引き攣らせてしまう。
きっと彼は、普段もこういった手法で女の子たちをズブズブに沼らせてきてるんだろう。
けど、それは京の圧倒的な顔とオーラがあるからできること。
私なんかが百戦錬磨の葵相手にやって、本当に大丈夫なのかな……。
