「疲れた……」
次の瞬間、私は思わずその場に崩れ落ちた。
肺が燃えるみたいに痛くて、足はガクガク。
鏡の向こう、同じように膝に手をついて肩で息をする明頼と雪斗の姿。
みんな、ギリギリまで出し切ってる。
ただ1人、峰間京は、額に落ちる前髪をかき上げながら、いつもの涼しい顔で立っているけれど。
……それにしても、私たち、完全に巫静琉の思惑にどハマってた。
トップアイドルという『劇薬』を投入することで、全員に火を点け、レベルを引き上げる。
──その目的は、完全に成功だ。少なくとも、京以外には。
今もまだ、葵のパフォーマンスの残響が、体から抜けきらない。
あの虚さと色気の混ざった視線が、焼きついて離れない。
そんな中、彼がゆっくりと振り返った。
「あんたら全員、この曲のこと、何も分かってないね」
その一言に、スタジオの空気が凍る。
かつてなら『サボり魔に言われたくない』って笑って済ませられた。
けど今、この圧倒的な実力を前にしては、誰も何も言えなくて。
「……特に、峰間京」
名指しされた京が、僅かに眉を上げる。
スタジオに、ほんの一瞬だけざわめきが走った。
たった1人いつものペースを崩さず、完成度の高いパフォーマンスをしていた彼。
葵の隣で、唯一まともにやり合えているようだったのに。
驚く私たちを気にせず、続ける葵。
「お前は、自分の醜い部分に目を向けなさすぎ。結果、表現したいものが何も伝わってこない」
「……はー?」
ちょっと苛立ったように目を細める京。その声色は微かに尖る。
「上っ面のパフォーマンス、その場しのぎの表情作り。つまんないよ、それ」
「……ステージにかける熱量は、人それぞれっしょ。悪かったですね、葵くんみたいな崇高な『表現』ができなくて」
一気に、険悪なムードに陥るスタジオ。
普段なら、京はこういう指摘をサラッと流すのに。
……なぜか、今回は違った。
ただ単に、相性が悪いからとか、そういうことじゃなさそう。
葵の言葉が、彼のどこかに刺さったのだ。
京の人生を形作る、彼の深い部分に。
そんな空気を断ち切ったのは、雪斗の真っ直ぐな声だった。
「……じゃあ、教えてください。葵先輩は、この曲をどう捉えてるんですか?」
その言葉に私もすぐ乗った。
「俺も、コンセプトの理解は統一しておきたい」
一触即発の空気が、少しだけ緩む。
スタッフたちがホッとするのが分かる。
葵は少しだけ考えるような顔をして──小さく頷いた。
「……了解」
床に腰を下ろし、視線を落とす。
こうしてなんとか、大きな揉め事は回避できた。
──けれど、もちろん焦燥感は消えない。
だって、こんなにも実力差がある相手との共演、一体どう自分をアピールできるのか。
どうしようもない焦りを鎮静するように、静かに息を吐く。
休んでる暇はない。
今、頑張らなきゃ──本気で脱落だ。
