その後、私たちは葵の車に乗ってエマに戻った。

京が泊まりを見越して男装道具を持ってきてくれていたので、そのおかげで私は葵と一緒に堂々と正面玄関から入ることができた。

一方、外出許可なしで抜け出した京は、寮棟の窓から入ったという。

って、私たちの部屋3階だけど……京って、猿か何かなの?相当身体能力高そうだなとは、前々から思ってたけど。

と、そんなこんなでいつも通りスタジオに到着した私たち。

カメラの中、普段のストレッチルーティーンをこなしていると、隣から、こそっと明頼が話しかけてきた。

「……千歳くん、なんか今日の葵、雰囲気違くね?」

私はその言葉に、葵の方に視線を向けた。

ヘアセットも、服のテイストもいつも通り。

そんな中、唯一違うのが──目だった。

いつもの気だるげで眠そうな目とは似ても似つかない、どこか鋭い光の宿った瞳。

それだけで完全にONモード、アイドルの鷹城葵といった雰囲気。

ジャケットを脱ぎ、緩めのシャツ姿になって、ダンスシューズの紐を結ぶその仕草さえ、いつもより洗練されているような。

……ようやく、本気で踊る気になったらしい。

審査が始まってもう一週間以上も経つと言うのに、私たちは彼の本気のダンスを一度も目にしていない。

それも当然、昨日までは練習にさえ来なかったし、昨日の練習もやる気なくさらっと流して踊って、それ以外はずっと私に絡んでるような状態だったんだから。

……って、考えてみると、葵って果たしてちゃんと練習してるのかな。

昨日の姿を見てるとかなり多忙そうだし、練習してる時間なんてなかったんじゃ。

しかも、私たちの曲『アンバーグラス』のコンセプトって、どちらかというと京の守備範囲ど真ん中。

グルーヴィーなテンポ感、大人っぽいお洒落な空気感が、京の生来の魅力に完璧にハマっている。

案の定、一緒に練習していても見惚れてしまうほどに、京はこの曲を良く消化している。

もしかしたら、葵は京に食われてしまうのではないか。そうなると、彼の面子はズタボロになって、またやる気をなくしてしまうんじゃないか。

そんな懸念を抱きつつ、私は軽くウォーミングアップをする彼の姿を眺めていた。

「じゃ、そろそろ曲かけ行こ。みんな一旦ポジションついて」

珍しく、自分から仕切るように声を上げた葵に、スタッフたちが昨日と同様にざわついた。

事情を知らない雪斗と明頼も、化け物を見たかのような表情で顔を見合わせた。

そして、二人とも視線を私に移動させる。

「千歳、身体売ったか……?」
「千歳くん、ごめん、俺らのせいで……」

私が慌てて否定しようとすると、横から京が口を挟む。

「まだ大丈夫だったよね」
「「まだ?」」

二人の声がハモった。

雪斗の顔は見る間に青くなり、明頼は目の焦点が合っていない。

もう倒れる五秒前って感じ。

峰間京、余計なことを……。

ちょっと恨めしげに京を睨みつつ、私は最初のポジションにつく。

「じゃ、曲流しますか……?」

まだ少し怪訝そうな表情を残しながらも、スタッフさんが機材を確認し、声をかけてくる。

「お願いします」

ニコ、と笑ってそう答えた葵は、完全に裏の顔を封印している。

……果たしてどこまで仕上げてきているのかな。

少し不安に思いながらも、私は位置について音楽が流れるのを待った。