そんなこんなで、三人でテーブルを囲むと、ようやく静かな朝食が始まる。

葵が湯気の立つ味噌汁を口元に運んで、そっと一口。

「……うっま」

本気で驚いたように目を見開く葵に、私はほっと安堵のため息を吐いた。

もしこれで美味しくなかったら、危なく白藤天馬のトラウマを再発させてしまうところだった。

「本当だ、普通に美味しい。千歳ちゃんってマジで欠点ねーのな」

京の方も、感心したように言いながら食事を口に運ぶ。

黙々と箸を進める彼らの姿は、どちらも年上であるにも関わらずなんだか弟みたいに思えて。

ステージ上では死ぬほどカッコつけてるけど、この人たちも年相応の少年なんだよな、とちょっと思ってしまう。

芸能人といえば、若くてまだ自我の不安定な時期から不特定多数の目に晒されて売り物にされる、まともな精神を保てないような職業。

そんな世界に生きる彼らに対して、少しでも支えになれたらいいな、と少し思ってしまう。

「俺緑の野菜無理。食え」

「ガキくさ。ビタミン不足かっこ悪いっすよ、蛙化にも程がありますって。あと俺も野菜無理っす」

「ブーメランえぐ」

……すぐ喧嘩を始めるあたりは、やっぱり直してもらいたいけど。

目の前で野菜を押し付け合う二人に、私はちょっとため息を吐いた。

「先輩、食べてください。野菜食べないとすぐバテちゃいますよ」

「そーなの」

「はい、だから我慢して食べてください。先輩の身体のためを思って言ってるんです」

実際は、葵のパフォーマンスコンディションを向上させて、私たちがきちんと審査を通過するため、だけど。

そんな本音は裏に隠して、本気で心配してるみたいに、じっ、と葵の目を見つめる。

すると、葵は少し俯いて──

数秒の間の後。

「結婚する?」

……?

私の顔が引き攣り、隣で味噌汁を口に運んでいた京が、ゲホッと盛大にむせた。

「急に?」

「毎日こんな飯食えんなら、籍入れてやっていいかなって」

「なんで上から目線なんですか」

「玉の輿だから」

冗談だか本気だか分からず、なんて返せばいいか分からなくて、京に助けを求める。

京は、ちょっと眉を上げると、すぐに何か良いアイデアを思いついたように笑みを浮かべた。

「いや〜、練習本気でやってくれない奴の飯は作りたくないんじゃないすかね」

ボソッと呟かれたその言葉の意図を汲み取って、私はハッとした。

確かに、これ、ご飯を餌に葵を練習に本気にさせるチャンスかも。

昨日みたいにキスなら力づくでさせられるけど、料理はそうはいかない分、きっとさらに有効。

私は慌てて顔を上げると、すぐに取引を提示した。

「これからの練習、もうちょっと本腰入れてやってくれるなら……私、毎日作りに来ますよ」

ちょっと目を見開く葵。

策略のような色を感じたのか、疑い深げに京を見て、それから視線をテーブル上に落とす。

練習と健康的な食事、彼の脳内で、彼なりに天秤にかけたのだろう。

数秒の間の後──

「……わかった」

一瞬、沈黙。

そして、その答えの意味が脳内に浸透してようやく、私は思わず息を呑んだ。

もうちょっとぐずぐず言われるかと思ってたのに……思いの外の即決。

「ほ、本当ですか?」

微かに震えた私の声に、葵は軽く頷く。

「もともと、そろそろ本気でやんないと棗に殺されるかなって思ってたし。千歳が毎日家来てくれんなら、メリットのがでかいっしょ」

思わず、京と顔を見合わせてしまった。

京は、自分の機転のおかげだとでも言うように、得意げに目配せしてくる。

今回ばかりは、その態度に文句は言えない。京に本気で感謝だ。

……だって、これでようやく、微かに希望が生まれたのだから。

ずっと見えなかったスタートライン。

ようやく、そこに立てたような気がする。

どうか、これで練習がきちんと軌道に乗りますように……!

私はひとり、心の中でそう強く願ったのだった。