──朝。
カーテンを開けると、まだ空は深い藍色のままだった。
薄暗い部屋を出て、洗面所で顔を洗う。
鏡に映る自分の顔が、どこか疲れているような感じがして、やっぱり寝れなかったんだなと察する。
初めて来る人の家って、どうにも神経が休まらない。
枕の匂いも、時計の音も、空気の流れも全部違っていて、身体の奥がどこかずっと緊張しているような感じで。
まあいっか、こんなふうに泊まるのもこれっきりだろうし。
そんなことを考えながら、着替えて、軽く身支度を整えてからリビングに出る。
葵は本当に作業部屋で寝るので大丈夫だったのかな?
そう思って、ちら、と葵の部屋の方に視線をやると、扉の隙間から微かに光が漏れ出ていた。
──って、え?
まさか……。
恐る恐る扉をノックしてみると、数秒の間の後、ガチャ、と扉が開いた。
立っていたのは、昨日とは比べ物にならないくらい疲れた顔の葵。
オーバーサイズの黒パーカーのフードに埋もれてるような感じで、眼鏡をかけ、片手にはエナジードリンク。
その顔色は不健康なくらい青白い。
「……おはよ」
掠れた声で挨拶をしてくる葵を前に、私は3秒くらい硬直してしまった。
「徹夜じゃないですよね」
「ずっと起きてるけど……?」
きょとんとしてそう返してくる葵に、絶句。
確かに、売れっ子アイドルの世界はブラックだって聞くし、こういう生活は普通なのかもしれない、なんならそうせざるを得ないのかもしれない。
けど、親から『美容にもパフォーマンスコンディションにも悪いから徹夜は絶対にするな』ってしつこく言われてきた私にとっては、こんな生活習慣、言語道断だった。
「いつもこうなんですか?」
「や、いつもは3時間くらいは寝てる。別に疲れてないし平気」
「……」
明らかに顔色を悪くして何を言ってるんだか。
昨日、売れっ子だから睡眠時間3時間くらいしかないって言われた時は、流石にちょっと見栄を張っているのかなって思ってた。
けど、違った。
この人、多分、典型的な『自己管理のできない』芸能人。
物心ついた頃から忙殺されて、働き続けて、それが当然になって。
『休む』ってことを学ばないまま、走り続けてきたんだろう。
自分の限界を知らなくて、セーブできなくて、こんな限界状態のままずっとこなしてきた仕事。
それが、彼の極端な二面性の一因になっているのはおそらく間違いない。
「……とりあえず、さっさと寝てください」
ため息混じりにそう言う私に、葵はちょっと拗ねたように口を尖らせた。
「こんくらい耐えれるってば。それより何か食ってからがいいんだけど」
「はぁ……何かあるんですか?」
「今京にカード持たせて買いに行かせてる。カップ麺とエナドリ」
「……」
この人、自分の身体をなんだと思ってるんだろう。
