さっさと嫌いになってくれ〜アイドルオーディションで嫌われたい男装美少女、なぜか姫ポジ獲得?!〜


内心、鼓動はバクバクになりながらも、平静を装って葵を見上げる。

苛立ったように目を細める葵。

その瞳の奥には、隠しきれない欲がちらついていた。
その熱に気圧されそうになるのを堪えながら、私は平静を装って続ける。

「……キスしたいんなら、これからちゃんと本気で練習するって、約束してくれますか」

わざと少し声を落として、挑発的な視線で彼を見据えた。

──今の状況で、目の前の欲望を自制できる男なんて、そうそういない。

受け入れるしかないでしょ。

そう信じて疑わずに、彼の反応を待った。

──けれど。

「……さぁ?」

悪戯っぽい笑みを浮かべて、首を傾げる葵。
そして次の瞬間、私の手は彼に取られ、軽く力を込めて退かされ──

「……っ?!」

気づいた時には、唇が重なっていた。

ほんの数秒、触れるだけのキス。

けど──形勢逆転には十分すぎる一手。

唇が離れ、呆然とする私を見下ろすと、葵はちょっと笑う。

その表情は、一見いつも通り飄々としているように見えて、瞳の奥には余裕の無さが滲んでいた。

──やばい。
やばいやばいやばい。
完全に、間違えた。

私の脳内で警鐘が鳴り響く。

「……これ以上手出したら、先輩が先に落ちたってことにしますよ」

かろうじて脅し文句を絞り出し、キッと葵を睨み上げたけど。

「そーかよ」

身を引く間もなく、もう一度、今度はもっと深く唇を重ねられた。

「……ん、っ?!」

さすがに危機を感じて押しやろうとしたけれど、葵の手がそれを止める。

指が絡み合い、視界が反転して、背中がソファにどさっと沈んで。

「……どう見てもあんたの方が照れてんのに?」

熱を帯びた低い声が、耳元に落ちる。

透けるような白い肌、長いまつ毛に縁取られた淡い色の瞳、夜に溶けそうな深い青色の髪。
少し疲れの滲んだようなそのビジュアルを前に、言葉が何も出てこない。

ずるずると、底の見えない何かに引きずり込まれていくような感覚。

葵の手が、するりと私の腰を撫で、思わずギュッと目を閉じた。

その時だった。

──ピンポーン。

不意に鳴ったチャイムに、葵の動きが止まった。

お互い固まったままでいると、その空気を切り裂くように、もう一度。

ピンポーン。
ピンポンピンポンピンポーン!

明らかに非常識な連打。

「ちょ、マジで何……」

葵が本気で不機嫌そうに眉を寄せ、渋々ソファを離れて立ち上がる。

乱れた髪をぐしゃっと乱雑にかき上げながら、モニターへ歩み寄った。

そして、画面に映る人物を確認した途端。

「はぁ……?」

あり得ないものを見るみたいなその声に、私もつられて、背後からそっと画面を覗き込む。

そこに映っていたのは──

峰間京だった。

パーカーにジャケットを羽織ったラフな格好。
いつもの飄々とした笑みを浮かべながら、片手を軽く振ってきている。

「「なんで……?」」

静寂の部屋に、奇跡みたいにぴったりのハモリが響き渡ったのだった。