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カチ、カチ、とパッドを叩く音だけが、静かな部屋に響いている。

並んで腰掛けたローソファの前、低いデスクに置かれたノートパソコンの画面には、音源編集ソフトの波形が並んでいた。

「……そこのキック、ちょっとずらすだけでリズム立体感出るから。ほら、ここ」

横で操作する葵の指先は慣れたもので、すっとトラックをスライドさせては音を確認していく。

葵の部屋は、想像よりずっと生活感がなかった。

打ちっぱなしのコンクリ壁に、低めの間接照明。

余計な家具はほとんどなく、音響機材が中心に据えられている。
ソファの背に無造作にかけられた黒いジャケット。壁際に並ぶアナログレコード。

意外だったのは、煙草の匂いは驚くほど薄くて、残り香のように衣服に漂うだけだってこと。

消臭してるとか、そういう感じもない。

ってことは、つまり──

「家、あんまり帰れてないでしょ」

私の言葉に、葵がぴくりと眉を上げた。

「あれだけ吸ってるのに、匂いしないから。……スケジュールに追われて、帰ってきては数時間仮眠、みたいな使い方しかしてないですよね、多分」

言葉を詰まらせ、視線を落とす葵。

照れてる、とまではいかないけど──ちょっと揺さぶられてそう。

甘い笑顔を貼り付けたまま、裏で頭をフル回転させる。

このまま、もうちょっと踏み込んでみる?

理性ギリギリまで追い詰めて、我慢できずに手を出すところまで誘導して。

そこで、キスを餌に条件を提示する。

『本気で練習に参加するなら、キスしてもいい』って。

女好きの葵のことだから、きっと乗ってくるだろう。

京の言う『誘惑しろ』って、多分、そういうことだよね。