薄暗い廊下を進み、目的の部屋の前で足を止める。

手元のスマホで時刻を確認。

もうすぐ日付も変わりそうで、ほとんどの参加者は自室に戻っているであろう時間帯。

周囲に人の気配がないことを確かめてから、ドアを軽くノックした。

──コン、コン。

数秒の沈黙の後、部屋から低い声が返る。

「……っす」

眠そうな、完全にやる気のない声。

ゆるく開いた扉の隙間から、視線を落としたままの葵が現れる。

「お疲れ様です、葵先輩」

私は帽子の鍔に指をかけ、くい、と持ち上げた。

「来ちゃいました」

黒マスクを顎にずらして、軽く微笑んでみせると、葵の目が一瞬見開かれた。

「……」

口元に煙草を咥えたまま、あからさまに戸惑ったように眉を寄せる葵。

今日の撮影中の完璧アイドルモードとは似ても似つかない、黒いぶかっとしたスウェット、首にヘッドフォンを引っ掛けたままの完全オフモード。

「なんで」

「別に……会いたかったからです。ダメでしたか?」

上目遣いで、ちょっと頬を膨らませる。

胸焼けするような、あざとい仕草。
けど、案外こういう分かりやすい方が効くって京が言ってた。

葵は、そんな私を前に一瞬だけ言葉を詰まらせると、視線を逸らしてため息を吐く。

「……とりあえず誰かに見られる前に入んな」

軽く私の肩を引き寄せて、部屋に招き入れる葵。

ガチャ、と背後で扉が閉まる。部屋に入った途端、充満する甘ったるい煙草の匂い。

ヤニカスめ……。

思わず顔をしかめそうになるけど堪えて、私は部屋の奥に進んだ。

さっきまで葵が座っていたであろうデスクには、ノートパソコンとMIDIキーボード、散らばったスコア用紙。

どうやら、ちょうど曲を作っていた最中だったらしい。

鷹城葵は、とにかくオールラウンダーで知られていて、歌、ダンス、演技だけでなく音楽作りも彼の守備範囲。今までの『JACKPOT』の楽曲の多くも、彼が携わってきたんだとか。

「……わ、曲作ってたんですか?」

私の問いかけに、葵がデスクチェアに腰を下ろしながら軽くため息を吐いた。

「そ。三日後までにガイドつけて提出しなきゃいけなくて」

大義そうに伸びをしながら、ヘッドフォンを片耳に当てつつカチカチっと軽くパソコンの操作をする葵。

……多忙だとは知っていたけど、やっぱり売れっ子は色々な仕事を抱えてるもんなんだな。

ボサッとした髪、疲れたような表情と、完璧に整った横顔とのコントラストがなんだか違和感。