その夜。

私は自室の鏡の前に座って、『女の子』として身だしなみを整えていた。

幸い、涼介さんにもらった高級なコスメたちが手元にある。
それらをフル活用して、ベースメイクの質感、涙袋の書き方、アイラインの角度まできちんと気を配って丁寧にメイクを施していた。

──どうして、こんなことをしているのかというと。

『今日の夜とか部屋に押しかけて頼んでみれば?』

昼間の京の一言で、何故か本当に鷹城葵の部屋に押しかけることになってしまったから。

冗談だと思っていたけど、後から聞いたら大真面目だったらしく。

『だって、それしかなくね?俺らが何言っても聞かないじゃん』
『千歳で釣るしか方法無いよな』
『めちゃくちゃ不本意だけど、代替案も思いつかねーし……』

と、メンバー全員の合意のもと、またもや私が駆り出されることになったのだ。

確かに、葵が本気で練習してくれないと色々と困るけど、それにしてもこき使われすぎだよね、私。

夜は静かに一人で過ごすのが好きなのにな……。

ちょっと心の中でぼやくけど、決まってしまったことは仕方がない。

やるなら完璧にやろう、という心意気で、私は黙って鏡に向かっていた。

潤んだように見えるカラコン、自然な範囲でチークを入れて、ティントはわずかにオーバーリップ気味に。

スプレー缶を軽く振り、髪に艶出しスプレーを吹きかけると、甘い香りが部屋に広がった。

……ん、この匂い、ちょっと甘ったる過ぎたかな。

今日初めて使ったから、かける量ミスったかも。

と、その時。

ガチャ、と扉が開いて、シャワーから上がった京が戻ってきた。

「……あれ、なんかめちゃくちゃいい匂い」

その言葉に、私はちょっと眉を上げた。

……これかな。

思わず、手の中のスプレーに視線を落とす。

「香水つけた?」
「いや、多分このスプレー」

そう答えながら、私はちょっと首を傾げる。

「いい匂いかな?ちょっと甘すぎるかなって思ってたんだけど……」
「そー?」

私の言葉に、京はタオルで髪を拭きながらこちらに歩み寄る。

そして、さら、と私の髪をひと束すくい上げ、そこにキスするみたいに顔を寄せた。

──うわ、近っ……。

不意打ちで距離を縮められ、思わずドキッと心臓が高鳴った。

峰間京のバグってる距離感に、いまだに慣れない。

さらり、と京の指の間をこぼれ落ちる髪。

それを梳くようにしながら、京は顔を上げると、薄く笑った。

「──甘すぎるくらいの方がいいよ」

そう言った彼の表情は、いつも通りのようでいて、どこか陰があって。

一瞬、息が止まりそうになった。

──思えば、京って、いつも強めの香水をつけている気がする。

ただの好みの問題なのかな。それとも──誰かの影響?

そんな問いが喉まで出かかったけど、声にはできなかった。

なんだか、あまり踏み込んではいけないような気がして。

「……私はあんまり好きじゃないかも。もっと自然な、清潔感がある方がいいっていうか」

慌てて話題を変えようと、そんなことを口走る。

すると、濡れた前髪の下、涼やかな目元がふっと意地悪く細まった。

「それ、皆戸遥風の話?」