スタジオに向かいながら、ひとつ大きな溜息を吐く。
胸の奥に残る重い鉛のような感覚。遥風の敵意の滲んだ眼差し。
思い出すたびに、熱いものが目の奥にこみ上げてきそうになる。
湧き上がる感情を振り払うように、私は早歩きで角を曲がった。
と、その時。
──ドンッ!
不意に、誰かとぶつかってしまった。
勢いのままよろけた私を、強い腕が支える。
「ありが、と……」
お礼を言いながら顔を上げ、言葉が途中で凍りつく。
目の前に立っていたのは──天鷲翔。
初日の一悶着以来、ろくに会話も交わしていなかった彼。
二次元の王子様を三次元に連れ出してきたかのような、圧倒的な容姿は健在。
その長い睫毛に縁取られた静かな双眸が、こちらを捉える。
「……気をつけなよ」
それだけ言って、その場を立ち去ろうとする翔。
私もそのまま黙って見送ろうとして──ふと、気がつく。
そういえば、翔ってもともと遥風と仲良いんだっけ。
しかも、今回は二人とも白藤天馬のチームで一緒にパフォーマンスする、ってことは。
私は、咄嗟に翔の腕を掴んでいた。
動きを止め、振り返る翔。
「何?」
「……遥風のこと、注意して見ておいてほしいです」
言った瞬間、ぞくりとするほど冷たい視線が突き刺さった。
視線だけで息を詰まらせるほどの威圧感。
でも、それでも目を逸らすわけにはいかなかった。
遥風が、私に心を閉ざしたままの今。
私にできることは、ほんのわずかしかない。
それでも、今ここで何か手を打たなければ──取り返しのつかないことになる気がしてならなかった。
数秒、視線がぶつかり合う。
そして、翔はちょっと呆れたように肩をすくめた。
「人が頼んだ時は死ぬほど失礼に断ってきたくせに、よく自分からは頼もうなんて思えるね」
その言葉に、うっと息が詰まる。
確かにそうだ。私は初日、翔から『栄輔に良くしてやってくれないか』と言われたのをこれ以上ないくらい無礼に断った。
それなのに、私からの頼みを聞いてくれるはずがない。
「……それもそうですね」
力ない笑みとともに、声がこぼれる。
自分でも情けないと思うくらい、弱々しい声。
翔はそんな私を、何を考えているのか分からない目でしばらく見つめていた。
そして数秒の間の後、ひとつため息。
「篤彦くんから聞いたけど、千歳くん、栄輔のこと助けたんだって?」
息が止まりかけた。
階段から突き落とされた栄輔を助けるために奔走したあの一件。
まさか、翔まで知っているなんて。
……篤彦、言ったのか。
翔に恩を売る絶好の機会かもしれない。
けど、翔からの好感度は低いままにしていたい。どうするのが正解……?
