一歩、二歩。
遥風が、こちらに近づいてくる。

近づく距離に、思考が追いつかない。心臓がバクバクと痛いくらい高鳴る。

そのまま、思考の読めない表情で私の側まで来ると、ぽつりと一言。

「来い、榛名」

──榛名。

心の奥底が、すうっと冷えるような感覚がした。

他人行儀な態度。興味も、嫌悪感もない、フラットな視線。

それが辛くて、胸の奥がズキッと疼いた。

「……何?」

そう答えた声は、自分でも驚くほど頼りなくて。

けれど、遥風は表情ひとつ変えない。心から、私を拒絶しているみたいだった。

「プロデューサーが番組の広報動画、俺らで撮るって」

淡々と事務的に伝えると、すぐに振り返り、歩き出していく。

……私を待たずに。

今まで、私と並んで歩く時は、必ず歩幅を合わせてくれていたのに。

その変化が、当然なことだとは分かってるんだけど、いざ目の前にするとどうも苦しい。

「……行くの?」

こそっ、と京が耳打ちしてきた。

私は、波立つ心を押し隠すように笑顔を作る。

「大丈夫」

その言葉は、京に言ったのか自分に言い聞かせたのかもはや分からなかった。

静かに席を立つ。

後ろ姿を追いながら、胸の奥が軋む。

ほんの数歩の距離なのに、彼の背中が、どうしようもなく遠い。

そのまま、撮影用のブースに着くまで私たちは終始無言だった。

ブースに到着した後も、お互いに目も合わせないまま、スタッフが準備する様子を、ただ無言で眺める。

気まずすぎる……。

そこへ、プロデューサーが軽い調子で声をかけてくる。

「ごめんね、ちょっと急だけど、2人でさ、番組の広報用にショート動画撮ってもらえない?『SYNDICATE』を軽く踊る感じでさ」

2人って仲良いでしょ?と笑うプロデューサー。その鈍感さに、少し腹が立つ。

「はい」と、かろうじて声を出したけど、遥風は無言のまま頷きもせず、ただ音楽の始まりを待っていた。