昼休み。

昼食を運ぶトレイの音、談笑の声が交差する食堂の一角。

「ようやく練習に顔出したと思ったのに、まだ全然本気で踊ってないよね、あいつ」

心底つまらなそうにそう言うのは、私の向かいに座った峰間京だ。

その言葉に、私も軽く頷く。

今朝からとりあえず練習に参加するようにはなったけれど、まだ出力をセーブしているというか、ダンスも歌も流し気味というか。

「どうしたらちゃんと本気出してくれるんだろう」

「それはもう千歳ちゃんの誘惑にかかってるっしょ。今日の夜とか部屋に押しかけて頼んでみれば?」

「……」

この人、全負担を私に押し付けてきてる……。
恨めしそうな私の視線に気づいたのか、京が揶揄うように少し笑った。

「今日の千歳ちゃん、良かったよ。あいつ、完全に分析を楽しんでた。アプローチのバリエーションの多さから明らか。その調子で勘違いさせとこ」

京からそんなことを言われて。私は練習中の葵の様子を思い出す。

……確かに、暇さえあれば私に絡んでくる感じだった。

歌やダンスのアドバイスという名目でゼロ距離に踏み込んでくるし、声のトーンもやたらと甘くて優しい。

肩を抱いたり、腕をひいてきたりというボディタッチも多かった。これが刺さるなと分かれば、次の一手を試してくると言った感じ。

この距離の近さが放送されたら、視聴者の間で物議を醸すんじゃないか。過激派ファンとかに刺されないかな……。

なんて、そんなことを思いながら京と話していたその時だった。

ふと、視線の端に引っかかった、ひとつの横顔。

一瞬、呼吸が止まる。

食堂の入口。

白昼の喧騒のなか、そこだけ静寂が落ちたように見えた。

──遥風。

久々に見たその姿に、私の体の中にずっと沈殿していた何かが、静かに泡立つようにうずいた。

昼下がりの光で微かに煌めく、細く繊細な黒髪。
長い睫毛、滑らかに通った鼻梁、はっきりとしたフェイスライン。
相変わらず、綺麗な横顔のシルエット。

今までより、なんだかすごく大人びているように見える。

ずっと近くで見続けていたはずの彼を、今はこんなにも遠くから眺めることしかできない。

その事実が重くのしかかり、ちょっと切なくなる。

きっと、その視線が私に向くことはもうないんだ──そう思っていたのに。

遥風が、ふっと視線を上げた。

交錯する視線。

鼓動が一瞬跳ね上がって、頭が真っ白になる。

……見られてる?

気のせいかもしれない、幻を見てるのかもしれない。

そう思ったけれど──その眼差しは、確かに私を射抜いていた。