さっさと嫌いになってくれ〜アイドルオーディションで嫌われたい男装美少女、なぜか姫ポジ獲得?!〜

硬く冷たいフローリングの感触。

目を覚ました私は、鈍い頭を抱えながら周囲を見渡した。
部屋の隅には未開封の段ボールが積み上がり、時計は正午を指している。

そうだ——私は榛名優羽の家に引っ越してきたのだった。どうも荷解き中に寝落ちしたところを放っておかれたらしい。

時計を見ると、針は既に昼の時間を指していた。窓からは春の陽射しが差し込み、まだ殺風景な部屋に少しの温かみを与える。

「……最悪」

寝る場所が寝る場所だったため、肩がひどく強張って、動かすたびに鈍い痛みが走る。不快感に顔を顰めつつ立ち上がり、部屋をぐるりと見渡したところで、気づいた。

妹がいない。

胸の奥が、ざわりと波立った。

琴乃(ことの)?」

妹の名前を呼ぶ。返事はない。息が、止まりそうになる。

焦って部屋を出ようとした瞬間、扉が開いた。

立っていたのは、それはもう非現実的な美男子。

彫刻のように整った顔立ち、淡いブラウンの澄んだ瞳、甘やかに弧を描く唇。

私の母であり、『国民の初恋』と呼ばれた人気女優である桜井冬優(さくらい ふゆ)を彷彿とさせる、透明感のある美貌。

そう、榛名優羽だった。

昨日はあまり顔を見る余裕がなかったけど……やっぱり母の弟なだけあって、確実にその面影を感じ、ちょっと感心してしまう。

「おはよう、千歳(ちとせ)

鏡みたいな瞳。
相手の姿を映すだけの役割。本人の感情は、決して滲むことはない。

「……妹は?」

誤魔化しはさせない。一瞬の表情の揺らぎも逃さないよう、じっと優羽を見つめる。
けれど優羽の整った微笑は、少しも色を変えない。

「信頼できる使用人に任せてある」

その言葉に、落ち着いて耳を澄ましてみると、奥の部屋から琴乃の笑い声が聞こえてきた。

身体中に走っていた緊張が解け、ホッとため息が漏れる。

琴乃は、私の唯一の家族と言っていい存在。何かあったら本当に困る。

「それより、今すぐ身支度を整えてくれる?」

「どこかに行くんですか?」

「まあね」

急ぎの用事?養子縁組についての何かかな。

私は特に深く考えることもなく、顔を洗って着替えを済ませた。
上着を羽織り、最後にもう一度、鏡に映る自分の姿を確認。

大人気女優であった母・桜井冬優から受け継いだ、抜けるような白い肌と華奢な体格。
顔立ちの方は、世界的なアイドルであった父親によく似ているらしい。

自分で言うのもなんだけど、多分、整っている方なんだと思う。

けど、この容姿は私にとって、ほぼ呪い。
大人たちの期待を引き寄せる疫病神のようなものだ。

「千歳、準備は」

「今行きます」

琴乃を置いていくことに若干の不安を感じつつ、私はすぐに家を出たのだった。