バカじゃないの?と、まず思った。
もし本当に女で、それを隠してこのオーディションに参加しているとして。
まともに話したこともない俺に、そんな弱み握らせていいの?
しかも、そんな格好でほっつき歩いて、他の参加者に見られたら終わりなんじゃ?
……何も、読めない。
「危ないでしょ、そんな姿で歩いてたら。何してんの」
「私の部屋、この真上なんです。ウィッグ吊るして乾かしてたら無くなってて……ここら辺に落ちてないかなって」
「だからそんな格好で飛び出してきたの?焦りすぎでしょ」
女の子を前にすると、柔らかい口調も優しい表情も、条件反射みたいに自然に出る。
もうずっと、それが『鷹城葵』としての標準装備になってる。
──って、かなり虚しい話だけど。
「てか、なんでこんなことしてんの?バレたら大問題じゃね?」
とりあえず率直な疑問をぶつけると、千歳は少し目を伏せ、ポツリと答える。
「好きでやってるわけない。親のエゴですよ」
その目に宿る、色を失くしたような静けさ。
夜風に吹かれる彼女の姿が、奇妙なほど、自分と重なる気がした。
容姿とある程度の才能──それが『選ばれる理由』になって、いつの間にか、他人の理想を演じる装置にされる。
主体を奪われたまま、役割を押し付けられて、それを拒む権利すらない。
……知ってる。そういう立場のしんどさ。
「それ、まだ誰にもバレてないの」
「……今、先輩にバレましたね」
どこか投げやりな口調で不機嫌そうに言う千歳。
夜風が彼女の長い髪をさらりと揺らす。
その横顔をぼんやり見つめていると、不意に彼女が距離を詰めてきた。
どこか透明感のある、ほんのりと甘い香りが鼻腔をくすぐり、少しだけ心拍が乱れる。
「ね、葵先輩」
声色が、変わった。
甘い。けれど媚びすぎてない、絶妙な音程。
袖口を掴む細い指先。その力加減も、わざとらしさはない。
よく計算されてる。
「練習来てくださいよ。私、今回落ちちゃったら、結構怒られるんです」
拗ねたように唇を尖らせる仕草。
ほんのわずかな上目遣い。
目線を逸らすタイミングも、完璧。
──面白いじゃん。
そういう相手の方が、攻略のしがいがある。
