そういや、昨日の朝、篤彦が私たちの部屋を訪れ、そんなことを言っていたっけ。

私はその時男装していなかったから隠れて聞いていたんだけど。

「何?」

少し警戒して聞き返すと、篤彦はまたいつもの微笑みを携えて言った。

「千歳くん、ひょっとして姉ちゃんおるんとちゃう?」

「……え?」

一瞬、その質問の意図が分からずきょとんとする。
けれど、すぐに思い当たった。

栄輔の部屋に衣装を届けに行った時、椎木篤彦にも私の女の姿を見られている。

その時は、スタッフに変装してマスクも帽子もつけていたから絶対にバレていないと思っていた。

けど……篤彦は、その『謎のスタッフ』に『榛名千歳』の面影を感じたのかも知れない。

そう気づいた瞬間、すっと背筋が凍るような感覚がした。

……恐ろしすぎる、この人。

この一手を間違えたら、彼にも男装がバレかねない。

遥風や京は、自分に直接の害がなければ男装のことを秘密にしてくれそうな雰囲気があるけど……椎木篤彦は絶対ダメだって、私の本能が言ってる。

椎木篤彦は、年齢が上っていうのもあってプロ意識が高いから、私のような炎上因子を絶対に見逃してくれなさそう。

じっ、と私を見つめる篤彦。

たれ目で一見優しげな印象なのに、長いまつ毛が影を落とし、光の入らない瞳。

私の感情の綻び一つも見逃さない鋭さ。

私は怯みそうになりながらも──ポーカーフェイスを保ったまま、言った。

「あー、年上の従姉妹ならいますよ。芸能関係の仕事してるので、もしかしたらこの番組にも携わってるかも」

……姉がいるかの問いの直後にきょとんとしてしまったから、ここから無理やり『姉がいる』設定にしたら逆に怪しまれる。

その点、あまり関わりのない年上の従姉妹という設定なら、この番組に携わっているかどうかあやふやなのも筋が通る。

私の返しに篤彦は少しも表情を変えなかった。

「そーなんや。千歳くん家って、芸能界に関わり深い感じ?」

またもや鋭い問いに、うっと息が詰まった。