さっさと嫌いになってくれ〜アイドルオーディションで嫌われたい男装美少女、なぜか姫ポジ獲得?!〜

寮棟とスタジオ棟を繋ぐ連絡通路に、私のローファーが刻む乾いた足音が響く。

さっき優羽に『禿げてしまえ』とか言ったけど、このままだとストレスで禿げるのはこっちの方かも。
それくらい、慣れない『男』の演技をするのは常時気を張る必要がある。

スタジオ棟に入ると、オーディション参加者らしき人たちの姿がちらほら見えた。
ロビーを歩けば、色々な種類の視線が突き刺さる。
口元に手を当ててひそひそと何か囁き合う人たち。圧倒されたようにこちらを凝視する人たち。

興味。羨望。嫉妬。

様々な感情の混ざり合った視線から逃げるようにして、私はエレベーターに乗り込んだ。

金属の扉が静かに閉じ、やがて上昇し始める空間。

「オーディションを突破することは当然……か」

狭い空間に、ポツリとそんな独り言がこぼれた。

今朝、優羽に告げられた言葉。
あの人は、一体私の実力の何を知ってるっていうんだろう。

私は別に、そこまで特別な才能があるわけじゃない。歌もダンスも、人並み以上にこなせる程度。
顔が多少アドバンテージになるだろうけど、男装がバレれば一巻の終わりっていう綱渡り的な状況だし。

なのに、どうして突破が当然なんて言い切れるのか。

そんなことを考えているうちに、エレベーターが01スタジオのあるフロアで停止した。
ポン、と静かな電子音とともに、扉が開く。

エレベーターから降りて、スタジオに向かって歩いていると。

「あ……」

思わず足を止めた。

通路の先。
スタジオ前の狭いスペースで、二人の少年が対峙している。

「バカなこと言うなよ、遥風(はるか)!」

相手を強く睨み、言葉を絞り出す茶髪の少年。
その瞳には、どこか追い詰められたような光が差していた。

「家族の期待だってあんだよ……そう簡単に諦めるわけねーだろ!」

そう必死に訴えるような茶髪の少年に対し、遥風、と呼ばれた黒髪の少年は嘲るように唇を歪めた。

「家族、ねぇ……幸せそうで何より」

そう言うなり──黒髪の少年は、茶髪の少年を勢いよく突き飛ばす。

茶髪の少年が大きくよろめき、反射的に壁に手をつく。息が乱れ、その瞳には苛立ちと、どこか哀しみのような色が滲む。

黒髪の少年は、続けて噛み付くように言った。

「俺はお前みたいに出来が良くないからな。必死なんだよ……お前の当たり前を手に入れるために!」

乱暴に茶髪の少年の髪を掴んで、力任せに壁へと押し付ける。

「……離せ、よっ」

茶髪の少年が抵抗するが、体格差のせいだろうか、振り解けないでいる。

──さて、問題は。
この騒ぎを通り抜けないと、私がスタジオに入れないということだった。