「……どこ行けばいいか知らないし」
ムッとした表情を隠さず言うと、京は少し目を見開いた後、ちょっと眉を下げて笑った。
「ごめんごめん。やっぱなんか可愛いね、お前」
この人、口説けば何とかなると思ってる?
私は思い切り眉根を寄せつつ、ぶっきらぼうに言う。
「いいから。どこ行けばいいかだけ教えて」
「えーとね、とりあえず01スタジオ。一番デカいとこ。基本の収録大体ここね。覚えといて」
それだけ言うと、ひらひら〜と手を振って布団に潜り込もうとする京。
私はそんな彼に、何気ないふうを装って聞いてみる。
「今の、彼女?」
「んー、セフレ?」
……今のテンションだと、完全に相手は恋人同士だと思ってそうだったけど。
なんなら、未来まで考えてそうな感じだったけど。
「まーまー、ほっといてよ?迷惑はかけないようにするからさ」
私の呆れた表情を前に、京は少し困ったように笑った。
目鼻立ちの整った、そこら辺の芸能人では相手にならないほどの美貌。センスの良いファッション。抗いがたい魅惑的なオーラ。
全てが芸能人として申し分のない素質。
けれど──性格に難あり、か。
いや、この外見だからこそ、この性格なのかな。
「炎上しても知らないから」
私が忠告すると、京は肩をすくめ、投げやりな様子で言った。
「いやさ、こんなむさ苦しい男ばっかの空間に数ヶ月監禁されんだぜ。これくらいはね」
その軽い態度の裏に、わずかに滲む倦怠感。
どうやら、このオーディションに対する熱意は薄いらしい。何か事情があっての参加なのかな。
「ま、ルームメイトが可愛かったのが不幸中の幸い。俺、可愛い子見てないと生きてけないのよね〜」
京は冗談混じりにそう言うと、再びスマホに視線を落とした。画面の光に照らされた横顔は、どこか気だるげで陰がある。
ちらりと画面を盗み見ると、三園玲奈とは違う女の子にメッセージを送っているらしい。
──まあ、相手がどんな人間であろうと、私がやることは一つだ。
軽蔑のため息を吐く。声のトーンは、最大限冷たく。侮蔑の色を込め、低く吐き捨てる。
「しょーもな」
京の指が止まる。
驚いたように顔を上げ、その猫のような瞳が、一瞬揺らいだ。
「そういうことでしか自己承認できない奴、女々しくて無理」
沈黙。
京の目が、静かに細められる。
──ああ、これは少し、本気で苛立ったかも。
当然だよね。何処の馬の骨かも分からないポッと出に知ったような口を聞かれて、良い気分なわけがない。
けど、それでいい。
「俺はお前なんかと仲良くするつもりないから」
突き放すような声で、言い放つ。
私は京の反応を確認することなく、さっさと踵を返して部屋を出た。
早朝の廊下は、静まり返っていた。
冷たい空気が頬を撫でるたび、熱を帯びた心が落ち着いていく。
ゆっくりと息を吸い、吐いて、私は徐々に演技のスイッチをオフにした。
──さて、01スタジオに向かうか。
手元の館内図を見ながら、ふと京の表情を思い出す。
その瞳に揺らめいた、苛立ちとも失望とも取れない光。
胸の奥がわずかに痛む。
辛くないわけがない。
わざわざ人の傷を抉るようなものなのだから。
けど、多少精神的に厳しかったとしても、優羽の支配から逃れるためにはこれくらいしか思いつかない。
このまま、上手く嫌われる。そうすれば、いずれデビューメンバーたちは私を排除しようとするだろう。
──頑張らないと。
そう自分に言い聞かせながら、私は朝の冷たく長い廊下を、一人歩いていった。
