私の脅しに、すっと目を細める京。

しばしの沈黙。

少しの間の後、京は苦笑混じりに呟いた。

「ま、いいけど」

……え?

いいけど、って、どういうこと?

呆気に取られる私に、いつも通り軽い調子で告げる京。

「俺、そんな本気でアイドルやりたいわけじゃないしね〜」

その衝撃発言に、思わず目を見開く。

……そういえば、初めて彼に会った時、オーディションに乗り気じゃなさそうな印象を抱いたっけ。

もしかして、彼も訳アリ?

思考を巡らせる私に、京は再度迫ってくる。

「ってわけで、続きしよっか♡」

……ああ、今度こそ、完全に打つ手が無い。

完全に押し倒され、逃げ場のないこの状況。

受け入れるしかない。

覚悟を決めかけた、その時──

バンッ!

ノックも無しに、乱暴に扉が開けられた。

部屋の空気が、凍りつく。

扉の向こうに立っていたのは、息を切らした皆戸遥風。

今まさに京に襲われようとしている私を見て、その視線が殺意を帯びる。

背筋が凍りつき、冷や汗が滲んだ。

「……げ」

心底うざったそうに眉根を寄せる京。

無言でツカツカと部屋の中に入ってきて、ぐいっと私から京を引き剥がす。

「来い」

今まで聞いた中で、最も冷え切った声音。

ぞく、と全身が粟立つ。

私の手首を乱暴に掴み、力任せに部屋の外へ引きずっていく。

この剣幕、絶対に『バレてる』。

彼に掴まれている手首が、ギリギリと締められて痛い。

そのまま、人気のない非常階段まで連れて来られる。

「遥風、痛いんだけど……」

私の声に、遥風が振り向いた。

その表情を恐る恐る伺う。きっと、最高に怒っているんだろうな……。

と、思っていたのに。

その瞳は、怒りというより、悲しみに揺れていた。少しでも衝撃を加えた途端に、飛散してしまいそうな、薄氷のような瞳。

ハッと、息を呑む。

「千歳……お前も結局、栄輔(あいつ)の味方なんだな」

震えを隠しきれないその声を聞いた瞬間、心臓がギュッと切なく締め付けられてはち切れそうになる。

「昨日、あいつを突き落とすのに失敗した。後から聞いた話によると、階段下に『偶然』篤彦がいて、『偶然』助けたんだってさ」

自嘲気味に、そう話す遥風。

言葉が続くたび、全身から血の気が引いていく。

待って、なんでそこまで。

「そんで、その時なんで篤彦が『偶然』そこにいたかっていうと……千歳。お前に連れて来られたんだってよ」

……本当に、全部バレてる。

遥風にそこまでの情報が伝わってしまうなんて、一体どうして。

混乱する頭の中で考え──すぐに、ある可能性に思い当たる。

椎木篤彦が、栄輔を突き落とした『犯人』が遥風だろうと目星をつけ、すべてを話したという可能性。

あの人なら、やりかねない。

そんな大胆な方法をとってまで、自分が一体何に巻き込まれたのか探ろうとするかもしれない。

遥風と篤彦はそこまで関わりがないと思って油断していた……これは、完全な人選ミスだ。