立っていたのは、ハッと息を呑むような美少年だった。

緩めのブラックシャツを着こなし、艶やかな黒髪をラフに結い上げている。
自信ありげに弧を描く唇、余裕のある佇まい。
お洒落用だろうか、フレームの細い眼鏡の奥で、紫紺の瞳がイタズラっぽく輝く。

端麗な容姿、そして醸し出す雰囲気──十中八九、一般人じゃない。

同じオーディションの参加者かな。

周囲をさりげなく確認。防犯カメラはあるけど、撮影用のものは無さそう。
それを確認した瞬間、私は演技のスイッチを切り替えた。

「……なに」

突き放すように、目を細める。

演技は得意だ。なんせ、私に芸能を叩き込んだお母さんの本業なのだから。

けれど目の前の彼は一瞬意外そうに眉を上げただけで、涼しげな表情を保った。

「今日から参加すんのってお前でしょ。名前は?」

「榛名千歳」

「ふーん。なんか、お顔きゅるんてしててかわいーね。ホントは女の子だったりしない?」

──息が止まるかと思った。

いきなり核心を突かれ、私は動揺を押し隠す。
まさか、もう違和感を察知された?

じっと目の前の彼を見つめる。
涼やかな瞳。楽しげな光が揺らめく。

私は、内心心臓をバクバクさせながらも、ポーカーフェイスを崩さずふいと視線を逸らした。

「失礼だよ」

「あは、冗談だって」

彼は軽く肩をすくめ、悪びれた様子もなく言う。

「でもマジで、女の子だったら超タイプ。所作もお上品だよね。ジャズでもやってたー?」

首を傾げ、じっとこちらを見下ろしてくる彼。

初対面の一瞬で違和感を察し、それを試すように言葉を投げかけてくる。

気まぐれな猫のような目。滲む好奇心。おそらく、本能で私が何か隠し事をしていそうだと勘付いてる。
それを揺さぶって、反応を見て楽しんでいるだけ。

落ち着け、私。ここで動揺を見せたら負け。

「てか、誰お前」

なんでもない風を装って問いかけると、彼の目が一瞬細められた。

けれど、すぐに元の人懐こそうな表情へ戻る。

「俺ね、峰間京(みねま けい)。お前のルームメイトで、スケジュールとか色々案内しろって言われてんの。とりあえず部屋こっちな」

ルームメイト。

──ルームメイト?!

何かの冗談ですか?
内心パニクりつつ、私はポーカーフェイスをなんとか保って京の背中を追う。

どうしよう、完全に予想外。
同室に男がいる状況で──しかも面倒そうなタイプである──どうやって男装を隠し通せっていうの?

着替えは?
寝る時は?
お風呂は?!

考えれば考えるほど、状況の苦しさに気づいて冷や汗が滲む。

全ては榛名優羽、あの無責任野郎のせいだ。
禿げてしまえ。

初日男装バレという最悪なシナリオを頭の中で描きながら歩いていると、いつの間にか部屋の前に着いていた。