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「へくしっ」

急に寒気がして、くしゃみが溢れた。
……やっぱ、椎木篤彦を頼ったのは間違いだった気がする。

終始上の空だったくせに、何故だか、色々見透かされてそうな鋭さをビシバシ感じた。

腹の底が見えない人と話すの、精神すり減るなぁ、ホント。

メモ帳を持って元の場所へ戻ったとき、ちょうど篤彦が栄輔の下敷きになって、何か話しているところだった。

2人は、『危険だからとりあえず部屋に戻ろう』という結論に至ったようで、物陰にいる私の存在に気づかず寮棟の方に帰って行ったようだった。

2人の足音が遠ざかったのを確認して、はあ、と安堵のため息を吐いた。

私の見間違いじゃなければ、栄輔は普通に歩けていた。篤彦がきちんと彼のことを助けてくれたんだろう。良かった……。

事前に確認してみたところ、階段の上から下は暗くてあまりよく見えない。
だから、遥風も階段の下で何が起こったかは詳しく確認できていないはず。

これで、遥風が『栄輔は怪我した』と思い込んだまま、栄輔の怪我も避けられた。

明日の私たちのパフォーマンスはトップバッター。他のチームとの控え室も別々で、栄輔と遥風の遭遇可能性は低い。

遥風が『栄輔の無事』を確認する前に自分のパフォーマンスを終えてしまえば、彼のモチベーションを削ぐこともない。

彼が明日、練習通りのパフォーマンスができれば、個人レベルでは必ず栄輔と張り合える。
なんなら抜いてしまう可能性だってあると思う。

個人順位が発表され、個人レベルで高評価されて自信がつけば、遥風のメンタルもきっと安定するだろう。

……ただ、遥風は意外と用心深いから、すぐ栄輔の無事に気づきそうなのが懸念。そしたらきっとまた取り乱すだろうな。

そうならないように、明日は遥風の行動を注意深く見張ってなきゃ。

とりあえず、今日の任務は無事に終わったはず。

私はそう『信じ込んで』、自室に戻ることにした。

皆戸遥風の栄輔に対する執着の強さを、まだどこか甘くみていたこと。

そのことが、まさかあそこまで事態をややこしくすることになるなんて——この時の私は、まだ気づけていなかった。