それからの練習は、拍子抜けするほどつつがなく進んだ。

菅原琥珀の存在が最大の懸念だったのだけれど、あの日遥風に凄まれたのでビビったのか、あれ以降私に手を出してくることは無くなった。

遼次いびりは健在だけど、遼次は特に気にしていない様子。

それも当然、遼次が『ラップ』という本業の武器を携えている以上、琥珀にパートを奪われる心配はそれほどない。だから、今まであったプレッシャーも気にせず、伸び伸びと練習できているんだろう。

そして、遥風の圧倒的なスキルの向上に刺激され、他のメンバーたちのスキルも何段階かアップしている。
誰もが、遥風に食われまいと必死になり、食らいついているからこその変化だ。

このまま順調にいけば、きっと良い評価を受けられる。誰もがそう思っていたので、グループ全体に余裕が生まれ、今までのように険悪なムードで言い争うことも少なくなっていた。

そして早くも迎えた、本番前日。

私はいつも通り、鏡の前で身支度中。
さらっとした生地の白シャツを羽織り、華奢なシルエットのネックレスをつける。

ウィッグの髪を軽く整え、ちょうど身支度が終わったタイミングで、部屋の扉がノックされた。

「開いてるー」

私がそう言うと、ガチャ、と部屋の扉が開く。

立っていたのは、皆戸遥風。彼は、私が峰間京と椎木篤彦と行動していた一件から、やけに過保護になって、毎朝こうして私を部屋まで迎えにくるようになっていた。
最初は面倒だろうと断っていたんだけど、本人がそうしないと落ち着かないみたいだから、今は何も言わないでいる。

「朝練行きましょ」

「はーい」

私たちの声で目を覚ましたのか、むくりとベッドから身体を起こす影がひとつ。

「お前さ……毎日来るソレ、どうにかなんないわけ?」

寝起きが最悪で、遅刻常習犯の峰間京。
ボサボサの髪をかき上げ、恨めしげに私たちを睨んでくる。

彼は毎日集合時間ギリギリまで寝ているのが常だったのだけれど、最近は遥風の訪問のせいで強制的に早起きさせられていて、不機嫌らしい。

とはいえ、もう朝の7時半。

「京が起きんの遅すぎ。女と通話してる暇あったら早く寝れば?」

呆れた声音で言い返すと、

「はー?俺は女の子と話さないと寝れないんですー」

と、ムキになって反論してくる京。

なんか、前まではこうやって嫌味を言い合うような会話すら無かったのに、最近多くなってきたな。順調に嫌われてきた証拠かな?

そんなふうに思いながら、私もさらに言い返そうとしたところで、ぐいっと遥風に腕を引っ張られた。

「構ってんなよ。行くぞ」

ムスッとした声音。
そのまま引っ張られる形で、私は部屋を後にする。