「……嫌」
突き放すようにそう言って、手を振り払う。
そしてさっさとその場から離れようとしたところで、篤彦が「あっ」と声を上げた。
「カメラさーん!こっちです!」
彼が手を振る方向には、カメラを構えてウロウロしているスタッフ。
普段は、寮棟にカメラが入ってくることは少ないのに……まさか、篤彦が呼んだ?
気づけば、篤彦の腕が私の肩に回されていて、逃げれない。
少しスモーキーな香水が香る。掴みどころのない彼によく似合う、大人っぽくて洒落た香り。
……何、本当になんなの?
この人たち、別に今まで私に絡んでこなかったじゃん。
内心焦りながらも、カメラの前なので表情は崩せない。
「……珍しいね、俺に話しかけてくるなんて」
物腰柔らかに、けれど探るように聞くと、京があっけらかんとして答える。
「いや、さっき篤彦くんと話しててさ。お前と仲良くしたいって言うから〜」
そう言って、京はくいっと篤彦を指し示す。
ニコニコと穏やかな微笑みを浮かべる篤彦。腹の底が読めなくて、苦手なんだよね、この人。
「俺な、ずーっと千歳くんと仲良くしたいと思っててん。ごめんなぁ急に」
穏やかでゆったりとしたトーン。けど、確実に本性を押し隠していそうなミステリアスさ。
私の印象では、篤彦も私と同じで、『計算して人間関係を作る』って印象。
現に、彼は今、一次審査で高順位に入った有望株たちと満遍なく友好関係を築いている。
栄輔や翔とも仲が良いし、京とも親しそう。兎内双子や飛龍なんかとも話しているのを見たことがあるし……その流れで次に白羽の矢が立ったのが、私だったってことか。
私と距離を縮めるために、カメラを呼んで逃がさないようにする計算高さを見ると、やっぱり只者ではないんだろうなって思ってしまう。
「千歳くん、『Sugar⭐︎Dream』良かったわ〜。俺の友だちもみんな可愛い〜言うてたよ」
「本当ですか〜?ありがとうございます」
カメラがある手前、年上である篤彦には敬語を使っておかないと。
営業スマイルを貼り付けてお礼を言うと、篤彦は少し目を細め、揶揄うように囁いてきた。
「ここだけの話、あんたのパフォーマンスで性壁歪んだヤツけっこー多いらしいで。その後、他の参加者に変な気起こされたりとかしてへん?」
面白がるような視線、その裏に微かに滲む、探るような色。思わず、ぞくっと背筋が凍りそうになる。
……やっぱり、遥風と私の関係について何か違和感持たれてる?
心臓が高鳴るけど、私はそれを押し隠して笑顔で返す。
「……まーさか。流石に俺なんかにそんなことはないですよ」
「そー?ならええけど……あんま年頃の男の性欲ナメたらあかんでー?」
ふっ、と悪戯っぽく笑い、そう囁く篤彦。
思わず顔を引き攣らせる私、堪えきれないように吹き出す京、硬直するカメラマン。
篤彦はカメラマンに向き直ると、ちょっと肩をすくめて『カットで』のジェスチャーをしてみせる。
いやいや、言われなくてもカットだわ。参加者同士のBL匂わせなんて、公式放送で流せるわけない。
