「ここは『EMERGENCE PRODUCTION』、通称『エマ』。ご存知の通り、日本最高峰の芸能事務所だよ」

硬直する私に、優羽がさらりと説明する。
その口ぶりは、天気の話でもするかのように軽い。

「千歳には、今日からエマ主催のオーディション番組『EMERGENCE PROJECT』に参加してもらう」

……いや、待て待て待て。

頭がついていかない。

唯一確かなのは、彼の出した『条件』を、一旦でも受け入れてしまったのが間違いだったってこと。
こんな強引な展開、誰が予想できただろう。

「万が一……落ちたら?」

かろうじて絞り出した声に、優羽は穏やかに微笑み告げた。

「そのときは、千歳を見限って、代わりに琴乃を芸能界に入れる。分かるね?僕は、冬優の子であればどちらでも良いんだ」

血の気が引き、喉が詰まる。

「君の実力なら、オーディションを突破することは当然だと思ってる。妹の平和な生活を守りたいのなら、弁えた行動をすることだね」

優羽の声は静かで柔らかいけど、絶対的な冷たさも孕んでいた。

──ほんと、ぶん殴りたい、この横暴男。

こんな奴の思い通りになってたまるものか。

内心怒りに打ち震えながらも、長年の稽古で培った表情管理でそれを隠す。

私は、負けない。

「分かりました」

「うん、応援してるよ」

後部座席のキャリーケースを持って、車を降りる。
ドアを閉めるなり、任務完了とばかりにさっさと走り去っていくベンツ。

静寂。

朝霧の中に佇みながら、視線をゆっくりと巨大な建物に向ける。

──これから今日の夜まで一睡もできないのかな。

「最悪」

低く吐き捨てたその言葉は、白んでいく空に溶け、消えていった。