「男装して、芸能活動?」

「そう。それができないのなら、帰ってくれるかな」

──はい?

目の前の叔父から告げられた、『引き取ってあげるための条件』とやらに、私は呆然として立ち尽くした。

「えー……っと」

大雪の中引きずってきた大きなキャリーバッグと、足元で今にも凍えそうに震える妹を交互に見る。

空港からここまで来るだけで体力は限界だったし、こんなところで押し問答する気力は残っていない。

「とりあえず、中に入らせてもらえますか?」

「条件を呑むということならね」

相手の男──榛名優羽(はるな ゆう)は、私の母方の叔父。
これまでほとんど接点が無かったにも関わらず、親を失った私たち姉妹を引き取るって言い出した。
正直、その時点で、何か裏があるとは思っていたけれど──まさか、こんな無理難題を突きつけてくるなんて。

「お姉ちゃん、寒い……」

妹の小さな手が、私のコートの裾をぎゅっと握る。

その指先は赤くなり、唇は青ざめて、歯をカチカチと鳴らしている。

これ以上食い下がっていたら、風邪を引かせちゃうかもしれない。

「……分かりました。条件、呑みます」

そう口にした瞬間、榛名優羽の目がわずかに細まった。

驚いた素振りはない。むしろ、その答えが当然だとでも言うような余裕。

そんな彼の様子に少し違和感を覚えたけど、私は自分に言い聞かせる。

一旦承諾しただけ。
後からどうとでも交渉できる。それに、現実的に考えて、男装で芸能活動なんて無理だと思うし……。

これは、私と妹の健康のための方便だ。

しかし、そんな甘い見立てが、後に深い後悔へと変わることを、私はまだ知らなかった。