ふたつのさくら

「咲良には婚約の話だけしてある。『朔羅なら喜んで!』って言ってたわ。気に入られてるのね。」

本当に嬉しそうに言われた。

だけど、僕は自分の顔が強張っているのを感じた。

相手もそれが分かったのか、心配そうに声をかけてきた。

「朔羅くん、なにか、心配事があるなら言っていいのよ。誰も怒らないから。」

僕はやっとの思いで口を開いた。

「……大変ありがたいお話ではありますが、僕にはそれを受けることはできません。」

決して咲良さんのことが嫌いなわけじゃない。

ただどうしても考えてしまうのだ。

「さっきの父の話は、あくまでも可能性の話です。妖怪の力を使わなければ、力が弱まる『かもしれない』という希望的観測にすぎません。」

もし、そうじゃなかったら?

予想が外れていたら?

僕はそこまで考える。

「いつか、どこかで理性のタガが外れて、咲良さんを噛み殺してしまうかもしれない。」

大人たちが息を呑んだ。

このときはまだ自分の気持ちの名前を知らなかった。

でも今ならはっきりと分かる。

僕はすでに、咲良さんに恋をしていたのだ。

最初は吊り橋効果みたいなものだったのだろう。

ひとりぼっちだった僕に声をかけてくれて、優しくしてくれて、とても嬉しかった。

それが形を変えて、今の状態になった。

僕は、咲良さんのためならなんでもできるって思えるくらい、彼女のことが好きだ。

このときも、今も、それは変わらない。

「大切なんです。咲良さんのことが大事だから、僕はあの子のそばに居続けることはできません。あの子には、笑っていて欲しいから……。」

例え僕がその横にいなくても。

その笑顔が、僕以外の誰に向けられたものだとしても。

僕が彼女の害になるくらいなら、その方がいい。

いつか来るかもしれない、来ないかもしれない未来を想像して、僕は頭を下げた。

「……申し訳ありません。お断りさせてください。」

誰も、何も言わなかった。

僕は頭を下げた状態で、止まっていた。