ふたつのさくら

……小学2年生に上がるとき、僕は初めて「学校」という場所に行った。

存在は知っていたし、ぼんやりと行きたいなーとは思っていたけど、怖かった。

自分の中に何がいるかは分かっていたし、それがどれだけ危ないものかも知ってるつもりだったから。

今は落ち着いていても、他の人間、特に咲良さんと対面したときにどうなるかわからなかった。

もし校内で苦しくなったら?

もし力を抑えられなくなったら?

もし……人を殺してしまったら?

どれも可能性はゼロじゃなかった。

だから最初は保健室登校。

菖蒲も一緒に、僕がどうなってもいいように、ずっと一緒にいてくれた。

自分の勉強もあるはずなのに、ずっと僕に勉強を教えていた。

初日、大丈夫。

2日目、大丈夫。

……5日目、保健の先生と会ったけど、何もなかった。

ひとまず1週間、「何事もなく」乗り切ることができた。

でもその週の土曜日、布団から出られない。

何もないふりをしていただけで、実際には体に相当の負荷がかかっていたのだ。

本当は頭が痛かった。

ずっと鈍く痛んでいたのを、無視していただけ。

「朔羅、学校行くの、やめる?」

僕の荒い息遣いだけが響いてた部屋で、菖蒲が静かに聞いてきた。

「保健室でこれなのに、教室行ったらもっと大変になるよ?」

菖蒲には分かっていたのだろう。

僕が痛みを我慢していたことが。

でも僕は首を振った。

咲良さんがちゃんと通えているのに、僕だけ通えないのは嫌だった。

こんなときになってもまだ、咲良さんと自分を比べて、その差を埋めようとしていた。

「そう……俺はやめたほうがいいと思うけど。」

また首を振った。

「やめない?」

頷いた。

「はぁ……」

菖蒲はため息をついて、目の上に置いてあった僕の腕を持ち上げる。

薄く目を開けた。

「そんな目しといて、よく言えるよ。」

「……うるさい……」

そんな目、とは紅い目のことだ。

妖怪としての僕が出てるときの特徴。

「なんで?」

答えない。

腕を戻して、また目を閉じた。

「……俺はお前が怖いよ。全然平気じゃないのに平気なふりしてさ。そんでこのざま。お嬢が羨ましいのはわかるけど、お前はああはなれないよ。」

「は……なるよ……なって、やる……。」

強がって言うと、菖蒲は呆れたように言ってきた。

「はいはい。じゃあその目早く戻せ。3秒で戻ってなかったら学校連れてかないから。」

「はあ……?」

思わず目を開ける。

菖蒲はすぐにカウントダウンを始めて、ゼロになった瞬間顔を覗き込んできた。

そして満足そうに笑った。

「よしよし、じゃ、また月曜日。迎えくるから体調戻しとけよ。」

そう言って、手を振りながら帰っていった。