ふたつのさくら

裏口に向かって、ずっと後ろをついてきていた菖蒲のほうを向いた。

菖蒲と目が合う。

一緒に行く、と言わんばかりの目だ。

だけどここから先は連れていけない。

「……菖蒲、悪く思うなよ。」

菖蒲が何か言う前に、鳩尾を殴った。

菖蒲は声を出すことなく、抵抗することもなく、一瞬驚いたような顔をして、気を失った。

菖蒲は以前、こう言った。

『もう無理ってときに、殺してやる。それで寂しくないように、俺も一緒に逝ってやる。』って。

僕が優しければ、菖蒲の意思を聞くところだろう。

だけど僕は聞かない。

そうさせない。

何がなんでも置いていく。

手も口も出さないなら好きにしていいとは言ったけど、それはこの家の中だけの話。

外に出たら菖蒲に僕の言うことを聞く理由なんてない。

だってそこでは僕は当主じゃなくて、ただの朔羅だから。

それに、わざわざ目の前で首を切るところを見せてやる必要はない。

死ぬ間際の、痛みにもがき苦しむ様を見て、精神を侵す必要もない。

僕は楽には死なない。

即死するようなところは刺さない。

今まで迷惑かけた分、ちゃんと苦しんで死ぬつもりだ。

ぐったりとした菖蒲を抱いて、聞こえてないと分かりながら伝える。

「……菖蒲。お前も、僕に囚われすぎだ。そんなことまでしなくていいんだよ。そういう運命だったって諦めて、楽になれ。」

菖蒲は何も言わなかった。

当たり前だ。

聞こえてないんだから。

「……じゃあな。今まで迷惑かけた。」

一応菖蒲にも、凍夜と同じ術をかけた。

これで、明日の朝まではこのままだろう。

「今日まで、僕を生かしてくれて、ありがとう。」

眠った菖蒲をそこに座らせて、裏口の扉を開ける。

空には満天の星が光っていた。

薄い月明かりの中、僕は森へと歩き出す。

この景色を見るのも、最後になるな……。

振り返って、家に向かって頭を下げた。

「……ありがとうございました。」

涙は出なかった。