ふたつのさくら

その声を合図に、膜が張ったようだった視界ははっきりとし、そこにいるのが誰か理解した。

理解した瞬間、僕の理性は吹き飛び、天狗の妖怪につかみかかる。

8本。

「はっ……?」

咲良さんからそいつを引き剥がし、咲良さんの様子を見た。

咲良さんは何回か咳き込み、それと同時に血を吐き出していた。

殴られたんだな。

加えて右腕もあり得ない方向に曲がり、折れていることがわかった。

呼吸も脈も、弱々しい。

「テメェ……大人しく死ん……!!」

威勢よく戻ってきた天狗だったが、僕が睨むと、怯えたように黙った。

「そこにいろよ。」

声をかければ、黙って何度も頷いた。

腕を動かさないように咲良さんを持ち上げる。

森を抜けようと、少し進んだところで、菖蒲と奏美くんが焦ったように辺りを見回していた。

近づくと僕と咲良さんに気付いたようで、駆け寄ってきた。

「さく……」

「死なせたら殺すぞ。」

なにか言おうとする菖蒲を遮って、そっと咲良さんを手渡した。

すぐに振り返って、さっきの場所に戻ろうとする。

だけど、奏美くんが僕の手を掴んだ。

「行っちゃいけません!あなたが死んでしまう!」

「そうだぞ、朔羅!お前は休めよ!ひどい顔してるぞ?!」

咲良さんを抱えたまま、菖蒲も言う。

お前ら、僕はもう死んでんだよ。

今さら生きようったって、無理に決まってる。

最後に、咲良さんをそんなにしたやつに、制裁を加えてから逝くことに決めたんだ。

手を振り払った。

「僕よりも咲良さん。早くしろ。」

走って戻る。

追ってくることはなかった。