ふたつのさくら

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……そして時刻は夕方5時。

ここからじゃわからないけど、玄関から稽古場にかけては騒がしくなっていることだろう。

朝よりはだいぶマシになったけど、まだ体は重いし、苦しい。

我慢できないほどじゃないから、我慢する。

大丈夫、このくらい、「日常」だろ?

凍夜は少し前に菖蒲に連れられて、通夜の会場へと行った。

少し早いけど、僕もそろそろ準備しないと。

分家の爺さんたちに、ぶつぶつと嫌味を言われちゃ嫌だからね。

起き上がり、押し入れを開ける。

そこの下段の奥の方から、クリーニングしたままになっている、黒い紋付袴を取り出した。

なにか、催事があるときは大体これだ。

最初は全然できなかったけど、今じゃもう、1人で完璧に着れる。

袴の紐をギュッと締めて、着替えを済ませた。

「よし……。」

いつもの薬を2錠飲み込んで、机の上にある、咲良さんの手提げカバンを開く。

中身を見て、特に大事そうなものがないのを確認してから、部屋を出た。

菖蒲は今、玄関でやってくる人たちの対応をしている。

プリントの内容は、さっき頭に叩き込んできた。

玄関に向かおうとして、足を止めて部屋に戻る。

咲良さんのカバンの中から筆箱を出し、そこからカッターを取り出した。

それを懐に入れながら、改めて玄関に向かう。

そこには、たくさんの人が入り乱れていた。

だけど、ほとんどが徒野の分家の人間だからか、澱んだ臭いばかりで、柑橘系の香りはかき消されていた。

全くしないわけじゃないから、ふらつきはするけど、そんなにひどくない。

まっすぐと菖蒲のところに向かう。

ある程度近づいたところで、菖蒲たちの話し声が聞こえてきた。