ふたつのさくら

僕の反応を見て納得したようだった。

「死体と同じ匂いが、生きてる人からもするんだな。うちらはどう?同じ匂い、する?」

首を横に振った。

徒野の人間からは、澱んだドブの匂いがする。

まったく美味しそうになんて思えない。

同族だからかな。

でも他の人からは、確かにみかんみたいな、美味しそうな匂いがした。

「そっか……もう、家から出れない?」

「……分かんない。」

肯定も否定もできない。

人がいるところには行けないだろう。

でもそうじゃないところなら、可能性はある。

人の体の健康面から見ても、1日中家の中じゃ、よくないだろう。

菖蒲は少し沈んだ顔をして、聞いてきた。

「……学校、どうする?」

「……」

すぐには答えられなかった。

どれだけ頑張ったって、どんなに状況が良くなったって、多分もう通えない。

あの匂いに慣れて、力を制御できたとしても、無理だ。

怖いから。

一度極限状態になると、その恐怖は簡単には消えない。

自分の体なのに、自分で動かせなくて。

息をしてるのに、ずっと息苦しくて。

強く、大きく脈打つ心臓が痛くて。

次、いつまたあんな風になるのか分からない。

なってしまったら、今度はもう戻ってこれないと思う。

これから先、そんな恐怖を抱えながら、今まで通り平気な顔して生活することは、できそうもなかった。

黙り込む僕に、菖蒲がまた声をかける。

「……通えなくても、オンラインでってこともできるよ。先生も言ってたでしょ?」

黙って頷いた。

オンラインか……。

「……また、考える。今そこまで考えれない……。」

「そっか。」

菖蒲が部屋を出ていった。

凍夜を自分が寝ていた布団に寝かせて、立ち上がる。

机の上に置いてあったカバンから、携帯を取り出した。

時刻は午後6時過ぎ。

学校はもう終わっている。

メッセージが来ていた。

『朔羅、元気?』

母の訃報は、おそらく渡貫家も知っている。

家に帰って、当主から聞いたのだろう。

「……元気じゃ、ないですね……」

そう呟きながらも、指は別の言葉を打っていた。

『なにも、心配しないで大丈夫ですよ』

そのまま送信した。

携帯を伏せて、机の上に置く。

布団に戻って、凍夜の頭を撫でた。

それから数十分後、菖蒲が鉄剤と水を持って戻ってきて、それを飲んで壁にもたれるようにして眠った。